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教育

保護者の言葉 #118

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

今日の朝日新聞朝刊の1面に書かれた「東北・北陸17河川氾濫」の文字。わずか11文字の見出しの向こう側にある被災された方々の悲しみや苦しみを思うと胸が苦しくなります。
僕たち関西在住者も、阪神・淡路大震災や大阪北部地震、台風被害などを経験してきました。そして、学校教職員として思い出すのは、これらの自然災害により住む家を失うなど生活が一変し、転校を余儀なくされた子どもたちの顔・顔・顔…。

亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、これ以上被害が拡大しないこと、被災された方々が一日も早く平穏な生活を取り戻されることを願っています。
コロナ禍で多くの方々が苦しい生活を抱えていらっしゃる中で発生した大規模災害。国・都道府県のリーダーの迅速で効果的な施策に期待しています。

さて、今日のテーマは「保護者の言葉」。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

学校だより

何年前のことだったか忘れましたが、運動会が数日後に迫ったある日。僕が書いた「学校だより」(だと思う)について、保護者の方からご意見をいただきました。僕が書いた内容はおよそ次の通り。
『心配していた台風〇号。進路を〇向きに変えたことで、大阪への影響は小さくなったようです。一安心ですね』みたいな感じだったと思います。

もともと天候に左右されることが多い学校行事。台風直撃となると、運動会どころか臨時休業・集団下校なんてことも考えなければなりません。地震やゲリラ豪雨と違い、台風なんて数日前から分かっているだけに、学校としては対応・対策をしっかりと考えておかなければなりません。対策会議を開き、いろんなパターンを想定。もちろんプログラムも複数用意!なかなか大変です。

また、保護者の方々にとってもわが子の運動会は大切な行事の1つ。運動会当日だけは休日出勤を避けていたり、ご実家から祖父母を招いたり…。保護者の方もしっかりと準備されています。
それだけに台風の様子は気になるところ。実施できるかどうか、とても気にされています。
そんな中で僕が書いた『一安心』の3文字。

保護者の言葉

「校長先生。私たちにとっては台風の進路がそれたことは喜ばしいことかもしれません。でも、それにより被害に遭われる方がいるかもしれません。『一安心』というのは違うのではないでしょうか?」
受話器から聴こえてくる保護者の話はまさに正論!その通り!
丁寧に謝意を伝えた僕は、お詫びの言葉を添えて内容の訂正を行ったのでした(と思う)。

この時の学びはずっと僕の中で生きています。僕のことですから、細かいいきさつについては忘れていくでしょう。というか、すでに忘れています。でも、“あの日、保護者の方が僕に伝えたかったこと”は決して忘れることはありません。それだけ、大切なことを教わったと思っています。

久しぶりにI本君の写真、再登場(I本君のFacebookより)

人間の発達

以前、幼児教育関連で書いたかもしれませんが、人間の社会性の発達について少し。
生まれたばかりの子どもが認識する社会はとっても狭いと言われています。彼らが認識する社会に存在するのは、まず自分自身。そして、自分を保護・養育してくれる他者。多くの場合は母親だそうです。

これは、ジェンダー論とは異なるレベルの話で、もともと人間(生物)に備わっている本能なのかもしれません。社会的な存在といわれる人間。人間の赤ちゃんもそうなるために、生後多くのことを学ぶ必要があります。脳を始め、様々な器官・感覚が未発達な状態で生まれてくるのは、他の生物と比べて生まれてから学ぶべきことが多いことと関係があるそうです。

そんな赤ちゃんにまず必要なのは、自分の生命を維持する力。だから、自分を産んだ母親こそが自分にとってかけがえのない他者であると認識する力は、すでに遺伝子に組み込まれている本能なのかもしれません。

I本君のFacebookより

豊かな人間性

ところで、僕は「人間性」の定義に明確な答えを持っていません。ですから、「豊かな人間性を持つ人」とはどのような人なのかよくわかりません。同じように「人間性を疑う行為」と言われても、その判断基準はとても曖昧です。

ただ、先ほどの「社会性の発達」の観点から考えれば、認識できる社会の広い人が、きっと人間性が豊かな人なんだろうなと思います。
生まれたばかりの頃は、自分と信頼できる他者のたった2人だけしか認識していなかった僕たち。自分の生命維持のことしか考えていなかった僕たち。狭い世界で、自己中心的に生きていたのかもしれません。
それが、多くの社会的経験を積み、認識できる社会を広げ、保護・養育される存在から、他者の思いにも意識が向くように発達していきます。支えられるだけの存在から、他者に喜びを与えたり力を貸したりできる存在になっていく…。このようなプロセスの中で育まれる感覚こそが「人間性」なのではないかと僕は考えています。

I本君のFacebookより

他者を思う

学校教職員として、子どもたち・保護者・地域の方々・同僚教職員など、様々な人を大切に考えてきました。プライベートでは家族や友人のことを大切に考えてきました。自分以外の多くの方々の存在を認識し、自分の所属する社会の枠を広げる…。そんなプロセスを重ねてきました。
でも、それは自分がそう思っていただけのこと。現実の僕には、そこまでの人間性は身についていなかったのです。

もしかすると、台風のコースがそれたことを「一安心」と表現したこと、それ自体が間違いだったのではないのかもしれません。それはそれで、とても自然な感覚だとも思えます。
問題は、そこに他者の存在を認識する視点、つまり他者を気遣う視点が欠けていたこと。自分でも気付かないうちに、「自分は良かった」と考え、手放しで喜んでしまったこと。もしかすると、コースがそれた結果、大きな被害を受ける人が出るのでは…と想像することができなかったこと。
それが「一安心」という何でもない3文字の言葉に、とても残念なニュアンスを持たせてしまったのだと思います。

「観測史上初」「想定外」「記録的」といった災害が頻発する世の中。コロナ禍もいまだに終息しないし、世界情勢も不安定なままです。身近な生活に目をやっても、所得は上がらず物価は上昇。なかなか明るい話題は見つけられません。
でも、そんな毎日だからこそ、学んだことを生かし、今よりも他者を思う行動ができるようになるといいなと思います。もちろん、僕にできることなんてたかが知れています。それでも、僕は僕にできることからチャレンジしてみたいと思うのです。いつか誰かの役に立てるといいな(^^♪

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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