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教育

学校のきまり(通学帽) #66

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

予報通り、雨の朝になりました。小学校勤めだったから?それとも、社会体育の指導者だったから?現役の頃はしょっちゅう天気予報を見ていました。それは退職した今も変わりません。
暑ければ熱中症が気になるし、風が強ければ登下校が気になるし、雨が降ればスリップ事故が気になるし…。予報を見れば見るほど心配ばかり。まるで「今日はどんな心配をしようかな」なんて考えるために見ているみたい。心配性なんです。

そんな心配症の僕が、6年児童と挑戦した取組。今日は「学校のきまり(通学帽)」というテーマで、その時のことを書いてみたいと思います。
一読に要する時間は約4分30秒(僕計測)。よろしくお願いします。

写真だけでも晴れた空を(^^♪

僕たちの提案

僕と6年生児童が中心だった『通学帽に関するルール改正の提案』。この提案は、2000年代前半、S小学校での話です。明確な時期は覚えていません。でも、まだブラック校則などの話題はこれっぽっちもなかった頃の話です。

僕たちの学校では「登下校中は通学帽を着用すること」が義務付けられていました。いわゆる“学校のきまり”です。
“黄帽”(きいぼうorきーぼうと読むのが大阪的!)と呼んでいた通学帽は男女別が基本。男子はキャップ型、女子はメトロハット型と指定されていました。
でも、中学年になると少しずつ被らない子(手に持って登下校!特に女子!)が出始め、高学年になるとその傾向が顕著になる…。毎年繰り返される現象でした。

そこで、僕たちのめざしたゴールは「通学帽は標準帽とし、必要に応じて着用する。ただし、状況により標準帽以外の着用も認める」というもの。つまり、「黄帽でない帽子を被ってもよい」という話です。これは子どもたちの実態と思いから考えたゴールです。まだまだジェンダーフリーへの意識が高まり始めたばかりの頃。ルール廃止に踏み込んだわけではありません。

結果は敗北

結論から言うと、この提案は却下されて終わりました。つまり、校則は何も変わらなかったということです。今思い出しても、とても悔しい気持ちになります。でも、それは自分たちの主張が通らなかったからではありません。
ルールの意義、子どもたちの実態と教員の指導、社会や時代の変化。そういう大事なことに真正面から向き合おうとしない学校文化に飲み込まれた自分に対する悔しさでした。

残念ながら、この“悔しさ”はその後も繰り返し味わうことになります。特に、危機感を抱いたのは管理職になってから!「リーダーがこれでいいの?」という思いから繰り返し発言をしましたが、何と言うか「暖簾に腕押し」状態。僕が在職中から管理職へのマネジメント研修の必要性を強く主張していたのはそのためです。

きまりの目的

学校のきまりとして黄帽が指定されている理由は安全対策です。
まず、帽子の役割そのものである頭部保護。暑さや寒さ、衝撃などから頭を守るために帽子の着用をきまりにしています。
次に、注意喚起。全国標準ともいえる黄帽を被ることで「小学生がいます」と周囲にアピール。交通安全上・防犯上の観点から推奨されています。
他に、校外学習時の目印になるという学校側のメリットもあります。

雨の日の登校風景。本文とは無関係です。

子どもの思い

一方、子どもたちが被りたがらない理由の第1はファッション的理由。せっかくのコーディネートを台無しにする黄帽の破壊力!とってもわかる気がします!
お気に入りの服を選んで、友達と合わせて、前の夜から用意して、髪型だって工夫して!なのに黄帽!
もちろん黄帽大好き派だっています。それはそれでいいことです!
問題は、被らない子がいるのに気にもしていないこと!ルールなら守るよう指導!守らなくてもいいのなら改正・廃止!どうにも納得がいきませんでした。

2つ目の理由は機能性。
黄帽では夏の陽射しから顔や頭が守れない!麦わら帽子ってやっぱりすごい!
冬の寒さも防げない!やっぱりニットの帽子ってすごい!
そういう帽子なら子どもたちは進んで被るのです。

本文とは無関係です。

僕たちの戦略

僕と数名の教員は教職員への働きかけを担当。職員会議での承認をめざしました。子どもたちは児童会を中心に運動を展開し、当時700名ほどいた全校児童へのアピールを担当しました。もちろん、運動期間中は学年全員が黄帽着用!ルールを軽視せず、ちゃんと守れることもアピールしました。

しかし、先に書いたように結果は惨敗。「別にいいんちゃう?」「うちの学年は嫌がらんと被っているよ」とか「子どもたちも別に黄帽でいいと言ってる」などの声が大半を占め、この提案は深い議論に至ることなく却下。問題意識なし!
まるで『飛び出せ!青春』『われら青春!』の舞台だった太陽学園の職員会議みたい?河野先生や沖田先生の顔が浮かんでは消えていく…そんな職員会議でした。

愛する人がいるなら 求めるものがあるなら 
なんにもこわくはないさ そいつが青春
「帰らざる日のために」より一部抜粋
(作詞 山川啓介 作曲 いずみたく)

僕のスタンス

「ルールは正しい。でも、優しくない!」。そう思うルールがたくさんあります。
だから、合理的な理由もなく放置されてきたブラック校則の改善、新しい価値観にマッチしたルールに変えていこうとする機運の高まりは当然のことだと思います。

ただ、「嫌なルールは無視して破る」という発想はシンプルだけど好きではありません。やはり、きちんと意見を主張して、変えていくことが大事だと思っています。「通学帽に関するルール改正」への挑戦は、まさにそのパターンでした。

もちろん、結果がついてこなかったことは残念でしたし、子どもたちには謝りました。もっとずる賢く立ち回るなら、正攻法はやめた方が良かったのかもしれません。
でも、やっぱり僕は「ルールを尊重すること」「筋道を通して意見を主張する」ことを子どもたちに伝えられて良かったなと思っています。そして、その後も僕自身はそういう生き方をしてきました。

今も世界のいたるところで理不尽なことが起きています。何が正義なのか、何が誠実なのかもわからなくなっています。
でも、こんな時だからこそ、自他を大切にする心、誠実であろうとする心、そしてより良い明日に向かって挑戦する心を、子どもたちにも僕自身にも育んでいきたいと思います。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

「学校のきまり(通学帽) #66」への2件の返信

黄色帽子の話、すごく興味深かったです。できれば自分の好きな帽子を自由にかぶれたら、機能性の高い帽子、自分好みの帽子をかぶれたら、子供達も喜んで帽子かぶるかも?とも思うし。でも、目印として黄色い帽子は目立つから必要、という理由もわからなくもないです。多様性重視なら、いろんな帽子が認められてもいいように思うんですけどね。ただ、髪型が崩れるし帽子そのものが嫌な子もいるだろうなあ、、。
と、いろいろ考えさせられました。興味深い話、ありがとうございます。

himekaguraさん。コメントありがとうございます(^^)/
この提案には子どもたち向けメッセージと学校向けメッセージを込めました。
でも結果は…。
今ならもう少し真剣に考えてもらえたかな。
学校はガラパゴス的なので、5~10年ほどの時差をいつも感じていました。

「帽子そのものが嫌な子もいる…」はその通りですよね。
ブログに何度も書いてきたように目的と手段の整合性を考えるなら、帽子でなくても構わない時もあるはず。
そんな議論をしたかったなぁと思います。

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