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休日でも #604

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みなさん こんにちは!
JMP&餃子大王のじゅんちゃんです♪

今日は「休日でも」。
一読は約1分40秒(僕計測)です。

目次

【1】休日でも(1)
【2】休日でも(2)

休日でも(1)

毎年3回やってくる学期末。
いわゆる学校教員の書き入れ時。

そんなわけで、学期末が近づくとMちゃんの休日出勤&在宅ワークが始まります。
早ければ1か月ほど前から。
遅くても2週間前には必ず。

出勤は1日or半日or数時間。
業務の進捗状況によって変わります。

要出勤の業務は、個人情報を取り扱う業務全般。
併せて、校務用PCでしかできない事務業務全般。

在宅ワークは、各種通信や表彰状・写真・メッセージの印刷・作成など。
こちらはサービス的な業務もあるから、必ずしもマストじゃない。
でも、実はそういうことがとっても大切。
子どもたちのために、熱心に準備していたことを思い出します。

そんなわけで、この時期わが家に平日・休日の区別なし。
“連続勤務”が当たり前でした。

休日でも(2)

「海の日の三連休はありがたいかも…」
と、書いた昨日のブログ。

でも、考えてみれば、それはよそ様の話。
すでに被雇用者でなくなった僕とMちゃん。
平日・休日の区別がないから休日出勤もなし。

定期的に出勤するという働き方も
決まった時間にお店を開けるという自営業的働き方も
どちらもしていないのだから当たり前。
というか、労働の対価として報酬を得ること自体が少ないのです。

とはいえ、仕事をしていないわけではありません。
Mちゃんはお弟子さんたちの要望に応えて、笛の指導に取り組んでいます。

もちろん、JMP活動だってれっきとした仕事。
有償・無償のボランティア活動は日頃の準備があってこそ。
神社仏閣へのご奉仕だって同様です。

ただ、決定的に違うのは、スケジュールを自分で管理できること。
その結果「せっかくの休みなのに…」ということはなくなりました。

なので、海の日の三連休もほぼノープラン。
決まっていたのはピアノ連弾鑑賞だけ。

ということで、この続きはまた今度(^^♪

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
感想・コメントも大歓迎!
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教育

海の日 #603

みなさん こんにちは!
JMP&餃子大王のじゅんちゃんです♪

今日は「海の日」。
一読は約1分40秒(僕計測)です。

目次

【1】海の日
【2】三連休

海の日

「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」
そうして制定された国民の休日「海の日」。
1996年の施行当初は7/20と定められていました。

その後、7月第3月曜に変更された「海の日」。
いわゆるハッピーマンデーの導入によるものでした。

ちなみに、今年の海の日は7/15(月)。
7/20(土)とのズレはわずか5日。

でも、かつて小学校教員だった頃。
僕には、この違いはとても大きなものでした。

僕たちの街の話。
それまで1学期の終業式といえば7/20。
それが「海の日」ができたため1日前倒し。
7/19に変わったのです。

夏休みが早く始まるのは悪くない。
夏休みが長くなることだって大歓迎。
ただ、同時に心配だったこともありました。

それでなくても忙しい学期末。
スケジュールに余裕がなくなり、さらに業務がひっ迫するんじゃないか?
そんなふうに考えていたことを思い出します。

三連休

ハッピーマンデー導入は2003年。
以降、土日と「海の日」で三連休成立。

「1学期の授業日が1日減ることに変わりはないやん!」
と、不満に思っている小学校教員もいたかもしれません。

一方で「学期末業務を進める時間ができる!」
と、喜ぶ教員もいたと思います。
ちなみに僕はこっち派。

と言いつつ、実際はミニバスの練習・試合に明け暮れていたような気も…。
でも、それはそれ。
何にせよ、三連休はありがたかったな。

もっとも、これは当時の話。
今では三連休が当たり前。
不満もありがたみも、特に感じることはないのかもしれません。

それはそうと…
多職種の方々の受け止めはどうだったのかなぁ。
「海の日」ができた頃とか、三連休に変わってからとか。
ちょっと興味ありです。

ちなみに、ハッピーマンデーが導入されていなかったら…の話。
今年で言えば7/20は土曜日。
振替休日にもならない!
それは何だか損した気分?

となると、やっぱり三連休確約はありがたいことなのかもしれませんね(^^♪

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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教育

もちあじと強みと #94

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

昨日(7/11)の午後2時前、ちょっと用事で外出した時のこと。普段より早い時間に下校している小学生の姿をたくさん見ました。「学期末個人懇談会か…」。いよいよ夏休みが近づいてきました。
さて、今日のテーマは「もちあじと強みと」です。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします。

I本君から夏の便りが届きました(I本君のFacebookより)

学期末業務

僕が教諭だった頃、個人懇談会は通知表作成と並ぶ学期末業務の山場。「ここを乗り越えれば…」と思いながら仕事に励んでいました。

当然ですが、僕たちの仕事は子どもの育成。学期末業務もその視点で実施します。
具体的には、自分(たち)が行った「子どもたちの学びと育ちを保障する取組」の成果を「子どもの姿から見取る」ことがメインです。

そのために、必要なデータを収集・整理・分析するプロセス。さらには、分析結果を保護者用・子ども用に分けて“見える化”する作業を実施。成果と同時に、自分自身の課題も明らかになります!
PCの普及により業務改善自体は進みましたが、フィジカル・メンタルともに消耗する大変な業務です。

(I本君のFacebookより)

教諭時代

僕が学校勤めを始めた頃は手書きオンリーで、ワープロさえ普及していませんでした。
その後、1990年代前半になって、ようやく職員室にデスクトップPCが1台配備。ですが、まだまだ手書きや切り貼り中心で、鉛筆や消しゴム、はさみやのりが大活躍していました。

僕自身は1991年頃にワープロ『東芝Rupo』を、2000年頃にノートPC『SONY Vaio』を購入。職員室にある共用PCでは待ち時間ばかりなのでモバイルプリンターも購入。マイデスクで仕事が完結するようにしていました。

とはいえ、今のような成績処理ソフトも何もない時代。当時から“速く・正確に・きれいに”を目指していた僕は、自分でエクセル・ワードを活用。成績処理や個人懇談資料作成を行うためのシステムを作っていたことを思い出します。懐かしい…。
そうして迎える個人懇談会や終業式。僕が保護者の方や子どもたちに伝えていたのは、主に子どもの持つ“強み”でした。

(I本君のFacebookより)

教え子のメッセージ

先日再会したRちゃん。5・6年生の2年間をともに過ごしました。彼女が再会の日にくれたメッセージ。
「先生には、大切なことをたくさん教えてもらいました。その中でも“自分らしく”は私の人生のテーマにもなりました。そのおかげで素敵な出会いや経験につながりました。」

もちろん、彼女の人生を豊かにしたのは彼女自身。「自分らしく前向きに生きてきたこと」は会った瞬間にわかりました。その姿勢が出会いや経験を素敵なものに変えただけ。だから、僕の言葉のおかげではありません。
ただ、そのメッセージを見て、自分が当時からずっと“自分らしさ”を大切にしていたことを再認識。今も昔も変わらず“個性重視”“強み伸長主義”だったことがわかりました。

個性重視

時折訪れる個性重視の波。もしかすると、その当時も少し流行していたのかもしれません。
その後、人権教育を中心に広がった「もちあじ」の考え方。
いずれも、僕自身の感覚にとてもマッチする考え方です。人権教育を大切にしてきた僕は、ぜひ“個が活きる”社会になればいいなと思っています。

ただ、個性重視と個人主義とは別のものです。全体奉仕の強要や権力への迎合・同調を肯定しているわけではありません。しかし、行き過ぎた個性の主張は、時に自分ファースト主義に陥ります。

もちあじ

「もちあじ」の取り扱いも要注意です。
「もちあじ」の取組の第1歩は自己受容。弱さも含めて、ありのままの自分を受け入れることから始めます。しかし、ゴールはそこではなく自己実現!
自己受容することで高まる自己肯定感・自尊感情は前向きなエネルギーを生み出します。それを力にして、より高いレベルでの自己実現を図ることこそが「もちあじ」の目的だと僕は考えます。

自己受容のすばらしさを否定するつもりはありません。でも、教室にはられた自己紹介カードを見ると悲しくなることがあります。
「苦手なことは〇〇です」くらいならまだしも、「腹が立つと暴力をふるってしまいます」とわざわざ書いていたとしたらどうでしょう。そして、それも自分自身のもちあじとして伸ばしていくのでしょうか?教職員は、それを支援するというのでしょうか?

強みを活かす

自分らしく生きる、自己を実現するために使うべきは“自分の強み”です。
自己受容することで到達した自分への慈しみは、他者受容に応用することができればそれで十分。

かつて個性が流行った頃、「個性には伸ばしたい個性と伸ばしてはいけない個性がある」という話を聞いたことがあります。苦手は苦手のままでもいいかもしれません。でも、自己実現の阻害要因や人生を台無しにしてしまう要因については、早期に適切な対応をすべきです。「ありのままを受け入れること」と「放置しておくこと」とは別です。

自分の持ち味をみつめ自己受容をする時、ぜひ自分の強みを見つける目を育ててほしいと思います。自分のもっているどの面が、人生を切り開いていく強みになるのかを考える習慣。僕は、子どもたちにはこの力をぜひ育ててほしいと思います。

校長先生の話

まもなくやってくる終業式。僕も校長時代には何度も子どもたちに話をしました。学校だよりにメッセージを書くこともありました。

僕が嫌いだったのは「苦手教科の克服」。わざわざ長期休業期間を使って、嫌いなことや苦手なことに取り組む意味は何だろう…といつも考えてしまいます。第一、全然楽しくなさそう!
それに比べると、好きなことや得意なことを伸ばす努力は楽しそう!言われなくても頑張れそうな気がします!僕はいつも「好きなことや得意なことにチャレンジ!強みを伸ばしましょう」とだけ話していました。

「探究力」が必要な時代にあってなお「受動的」「こなすだけ」の学習姿勢になりがちな子どもたち。
乳幼児の頃に持っていた興味・関心や自発的で主体的な活動を阻害してきたのは、苦手克服ばかりを押し付けるおとなたちの間違ったメッセージが原因ではないか…。
いつまでたっても学校教職員の感覚が抜けない僕は、今日もそんなことを考えています。

さあ夏休みは目の前!子どもたちにとって素敵な夏になることを願っています!
まあ、僕には夏休みはありませんけどね(^^;

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
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