みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪
昨日(7/11)の午後2時前、ちょっと用事で外出した時のこと。普段より早い時間に下校している小学生の姿をたくさん見ました。「学期末個人懇談会か…」。いよいよ夏休みが近づいてきました。
さて、今日のテーマは「もちあじと強みと」です。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします。
I本君から夏の便りが届きました(I本君のFacebookより)
学期末業務
僕が教諭だった頃、個人懇談会は通知表作成と並ぶ学期末業務の山場。「ここを乗り越えれば…」と思いながら仕事に励んでいました。
当然ですが、僕たちの仕事は子どもの育成。学期末業務もその視点で実施します。
具体的には、自分(たち)が行った「子どもたちの学びと育ちを保障する取組」の成果を「子どもの姿から見取る」ことがメインです。
そのために、必要なデータを収集・整理・分析するプロセス。さらには、分析結果を保護者用・子ども用に分けて“見える化”する作業を実施。成果と同時に、自分自身の課題も明らかになります!
PCの普及により業務改善自体は進みましたが、フィジカル・メンタルともに消耗する大変な業務です。
(I本君のFacebookより)
教諭時代
僕が学校勤めを始めた頃は手書きオンリーで、ワープロさえ普及していませんでした。
その後、1990年代前半になって、ようやく職員室にデスクトップPCが1台配備。ですが、まだまだ手書きや切り貼り中心で、鉛筆や消しゴム、はさみやのりが大活躍していました。
僕自身は1991年頃にワープロ『東芝Rupo』を、2000年頃にノートPC『SONY Vaio』を購入。職員室にある共用PCでは待ち時間ばかりなのでモバイルプリンターも購入。マイデスクで仕事が完結するようにしていました。
とはいえ、今のような成績処理ソフトも何もない時代。当時から“速く・正確に・きれいに”を目指していた僕は、自分でエクセル・ワードを活用。成績処理や個人懇談資料作成を行うためのシステムを作っていたことを思い出します。懐かしい…。
そうして迎える個人懇談会や終業式。僕が保護者の方や子どもたちに伝えていたのは、主に子どもの持つ“強み”でした。
(I本君のFacebookより)
教え子のメッセージ
先日再会したRちゃん。5・6年生の2年間をともに過ごしました。彼女が再会の日にくれたメッセージ。
「先生には、大切なことをたくさん教えてもらいました。その中でも“自分らしく”は私の人生のテーマにもなりました。そのおかげで素敵な出会いや経験につながりました。」
もちろん、彼女の人生を豊かにしたのは彼女自身。「自分らしく前向きに生きてきたこと」は会った瞬間にわかりました。その姿勢が出会いや経験を素敵なものに変えただけ。だから、僕の言葉のおかげではありません。
ただ、そのメッセージを見て、自分が当時からずっと“自分らしさ”を大切にしていたことを再認識。今も昔も変わらず“個性重視”“強み伸長主義”だったことがわかりました。
個性重視
時折訪れる個性重視の波。もしかすると、その当時も少し流行していたのかもしれません。
その後、人権教育を中心に広がった「もちあじ」の考え方。
いずれも、僕自身の感覚にとてもマッチする考え方です。人権教育を大切にしてきた僕は、ぜひ“個が活きる”社会になればいいなと思っています。
ただ、個性重視と個人主義とは別のものです。全体奉仕の強要や権力への迎合・同調を肯定しているわけではありません。しかし、行き過ぎた個性の主張は、時に自分ファースト主義に陥ります。
もちあじ
「もちあじ」の取り扱いも要注意です。
「もちあじ」の取組の第1歩は自己受容。弱さも含めて、ありのままの自分を受け入れることから始めます。しかし、ゴールはそこではなく自己実現!
自己受容することで高まる自己肯定感・自尊感情は前向きなエネルギーを生み出します。それを力にして、より高いレベルでの自己実現を図ることこそが「もちあじ」の目的だと僕は考えます。
自己受容のすばらしさを否定するつもりはありません。でも、教室にはられた自己紹介カードを見ると悲しくなることがあります。
「苦手なことは〇〇です」くらいならまだしも、「腹が立つと暴力をふるってしまいます」とわざわざ書いていたとしたらどうでしょう。そして、それも自分自身のもちあじとして伸ばしていくのでしょうか?教職員は、それを支援するというのでしょうか?
強みを活かす
自分らしく生きる、自己を実現するために使うべきは“自分の強み”です。
自己受容することで到達した自分への慈しみは、他者受容に応用することができればそれで十分。
かつて個性が流行った頃、「個性には伸ばしたい個性と伸ばしてはいけない個性がある」という話を聞いたことがあります。苦手は苦手のままでもいいかもしれません。でも、自己実現の阻害要因や人生を台無しにしてしまう要因については、早期に適切な対応をすべきです。「ありのままを受け入れること」と「放置しておくこと」とは別です。
自分の持ち味をみつめ自己受容をする時、ぜひ自分の強みを見つける目を育ててほしいと思います。自分のもっているどの面が、人生を切り開いていく強みになるのかを考える習慣。僕は、子どもたちにはこの力をぜひ育ててほしいと思います。
校長先生の話
まもなくやってくる終業式。僕も校長時代には何度も子どもたちに話をしました。学校だよりにメッセージを書くこともありました。
僕が嫌いだったのは「苦手教科の克服」。わざわざ長期休業期間を使って、嫌いなことや苦手なことに取り組む意味は何だろう…といつも考えてしまいます。第一、全然楽しくなさそう!
それに比べると、好きなことや得意なことを伸ばす努力は楽しそう!言われなくても頑張れそうな気がします!僕はいつも「好きなことや得意なことにチャレンジ!強みを伸ばしましょう」とだけ話していました。
「探究力」が必要な時代にあってなお「受動的」「こなすだけ」の学習姿勢になりがちな子どもたち。
乳幼児の頃に持っていた興味・関心や自発的で主体的な活動を阻害してきたのは、苦手克服ばかりを押し付けるおとなたちの間違ったメッセージが原因ではないか…。
いつまでたっても学校教職員の感覚が抜けない僕は、今日もそんなことを考えています。
さあ夏休みは目の前!子どもたちにとって素敵な夏になることを願っています!
まあ、僕には夏休みはありませんけどね(^^;

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!