みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪
大阪・北摂は台風が去り、晴れ間が戻ってきました。でも、まだ時折強い風が吹いているし、空を見上げると分厚い雲に覆われているところも…。昨夜は全国各地の被害の様子を知るたびに心が痛くなりました。権限と権力をはき違えて悪いことばかりする人たちが贅沢な暮らしをしているのに、まじめに真剣に生きてきた人がどうしてつらい思いをしなければならないのか…。失われた命は返ってきませんが、せめてしっかりとした救済措置をとってほしいと思います。
さて、今日のテーマは「現場主義と業務改革」。2日間の休日明けは教育カテゴリーの話からです。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

働き方改革
「地域部活動#160」で少し書きましたが、「働き方改革」は社会の仕組みそのものを変える取組だと考えています。戦後の高度経済成長期を支えた「1日8時間労働」「週休1~2日」「終身雇用制」など。特に、バブル期に見られた「企業戦士的働き方」はすでに過去の遺物となっています。僕も職場で「もう終身雇用の時代じゃないからね」なんて話をよくしていました。
厚生労働省は「働き方改革」を「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「働く方のニーズの多様化」などの課題に対応するため「個々の事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにする」改革としています。みなさんはこの言葉をどう解釈されますか?
社会の構成員である僕たち。諸課題に対する理解を深め、より良い社会実現のために協力し合わなければならないのは当然です。しかし、社会のために個人が犠牲になって良いかというと、それは間違いです。21世紀における「良い社会」とは「一人ひとりが自己実現できる社会」ではないでしょうか。
そのために行政や経済界等が中心になって取り組むべきミッションもありますが、それだけでは不十分。現場ごとに行うべき「業務改革」があると僕は考えます。

学校現場
前例踏襲が多い学校現場ですが、学校ごとの歴史や文化、伝統的な取組をすべて否定しているわけではありません。100年以上もの間、脈々と受け継がれている地域・学校文化に出合い、感銘を受けたことだって何度もあります。継承すべきものは継承して正解です。
ただ、気をつけなければならない点があります。それは、形式だけを継承しないこと。文化とは現象面だけを指す言葉ではなく、その背景にある歴史やフィロソフィーをも含む言葉です。そして、むしろ大切なのは歴史・フィロソフィーの方。形式美の代表ともいえる「伝統芸能」の世界でさえ、一つひとつの所作には意味があります。だから、すべての形式は歴史に基づくものであり、フィロソフィーを実現するための手段・方法だと僕は思っています。
僕が学校現場に対して批判的に「前例踏襲」「形骸化」と書く理由はまさにこの点です。おそらく、取組が始まった頃には「意図」があったはず。しかし、それがいつの間にか継続・実践することが目的となり、PDCAを回すこともKPT法で見直すこともなく、ただただ続けている。このあたりのことは学校GDなどの話を通じて何度も書いてきました。
残念ながら学校現場にはこのような「前例踏襲」「形骸化」が今なお多く残っています。

現場主義
このようなことが起きてしまう最大の原因はどこにあるのでしょう。僕は、成果の検証が苦手な学校現場の特性にあると考えています。「子どもたちの学びと成長を促す教育の成果は簡単に評価できるものではない」とする考え方は、管理的で短期的な成果主義に陥りがちな教育行政から教職員を守ることにはつながっています。しかし、この言葉は「狭義の学力観に基づく点数主義に陥ることなく、人間教育・人格形成を大切にしたい」と願う教職員の品格の表れであって、成果の検証を放棄するものではありません。
長年、学校現場で働いてきた経験から言うと、取組時に掲げた目的・目標の成果を検証する学校にはほとんど出合いませんでした。運動会を始めとする諸行事も、研究授業を中心とする校内研究もそうです。学校GDなどは、その最たるものかもしれません。
僕が現場主義を勧める理由。「〇〇は現場で起きているんだ!」とか「現場を知らない学者のくせに!」などと言って、教育委員会や研究団体、大学等を締め出そうとしているのではありません。むしろ逆です。
僕は、学校現場が成果を検証し、しっかりとしたエビデンスを持つことを現場主義と呼んでいます。そのために、外部から成果検証の視点や方法を学ぶことが学校には求められているのです。

業務改革
「どこの誰に教わったのかな」と思うような教育論を熱く語る教職員に多く出会いました。もちろん、それ自体は素敵なことです。ただ、理屈は言うけど実践的指導力はイマイチ…というケースもありました。情熱と口は素晴らしいけど「成果が上がってへんねんけど?」というケースです。
でも、立派な口に負けてしまうからか、きちんとしたエビデンスも無いまま効果の低い(ない)取組をいつまでも続けている学校があります。成果検証をすればすぐにわかるはずですが、残念ながらいつも検証は不十分。なので、何となくそれっぽいことを言われると「成果が上がる良い取組だ」と勘違いしてしまうのでしょう。まさに時間&労力の無駄づかい。業務改悪?民間企業であるのかなぁ、こんなこと?
と考えると、やはり重要なのはPDCA。成果検証、特に数値化は難しい課題ですが、まずは後出しジャンケンにならないように、事前に検証軸をしっかりと持つことが大切です。「校内組織(検証)#58」で書いたと思いますが、ゴールとなる子どもたちの姿を具体的にイメージすることができれば大きくずれることはありません。自信をもって取組を評価してください。
このようなPDCAを回すことなく、継続目的で小さな改善を加えることに意味はありません。まずは、成果検証がポイント!そして、成果が低い場合には、大きな枠組から見直したり、時にはやめたりする勇気を持ってください。確かに、教育の成果は見えにくく判断しづらいですが、質の高い業務に集中していくために、これらの作業はマストです。それが最後には業務の効率化にもつながるのです。
行政が責任をもって進めるべき「働き方改革」ではありますが、それだけでは何も進みません。大切なのは、現場の教職員が「業務改善」レベルではなく、常に「業務改革」まで視野に入れておくことです。
継承と発展をキーワードに、エビデンスに基づいたクリエイティブな取組が展開され、学校全体の業務改善・業務改革・働き方改革が進むことを期待しています。

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「現場主義と業務改革 #164」への2件の返信
働き方改革は解釈の多様化により破綻したと思います。僕は子どもや教員に前向きに取り組む気持ちにさせることをここ数年結構まじめに考動しています。誰もが「させて♪」スピリットを大事にする時代だと思います。※上手いこと言うたw
ヤンくん!
素早くて上手いコメントありがとう(*^^)v
ホンマそうやね。僕も常に前向き、クリエイティブに活動をすることが大好き!
そういう意味で自分らしく生きていける世の中にしたいです。
それはそうと、東京ライブで「させて」やりたくなってしまったやん!