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リーダーを育てる #323

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みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王Bassistじゅんちゃんです♪

今日は「リーダーを育てる」。
一読は約2分30秒(僕計測)です。

目次

【1】文科省調査
【2】学校の限界
【3】リーダーの育成

文科省調査

4/29(土)朝日新聞朝刊の1面に「中学教諭の77% 上限達する残業」を発見。
「またおんなじこと言うてるわ」と思いながら、記事を読んでみました。

内容はおよそ次のような感じ。

文科省が6年ぶりとなる勤務実態調査を行ったところ、相変わらず小中学校教諭の長時間労働が常態化している実態が明らかになった。
文科省はさらなる働き方改革が急務だとして、中教審で議論を始める方針である。

今回はどんな議論になって、どのくらい実効性のある手立てが示されるのか。
それはそれでとても楽しみです。

ただ、これまでの議論や手立てが不十分だったのかというと、決してそうではありません。
しかし、改善が進んでいなことも事実。

文科省や中教審がその原因・背景をどう分析し、議論を構築していくのか。
むしろこの点に興味があります。

学校の限界

教諭時代から学校内外の様々な組織マネジメントに関わってきました。
そして、その仕上げが校長として行った学校マネジメント。

実際に学校マネジメントに携わってみると、校内でできることがたくさんあることに気づきます。
反面、改善を進めれば進めるほど、行政の力が必要だと思う場面にも多く出合います。

たとえば、小学校における休憩時間確保の問題。
僕は、学習指導要領を含む教育関連の法律や慣例がネックになっていると考えています。

ですから、この課題は「校長の責任において」なんとかできるようなものではありません。
「大きな枠組みの変更・改善」をしない限り、解決しない課題なのです。

一方で、「行政が枠組みを変更しても、学校現場に浸透しない・改善できない」という問題もあります。

たとえば、いじめ対応。
いくらマニュアルやルールを作っても、実行するのは教員。
教員の意識によってはマニュアルは形骸化。
効果的な手立てとはなりません。

リーダーの育成

学校教育に携わる者のミッションは「教育の質的向上と持続可能性の両立」です。
そして、それは「教職員の質的向上と持続可能性の両立」とイコールです。

なぜなら「教職員は学校の命」だからです。

これが実現できなければ、学校教育自体が崩壊し、職を失う。
今や、そんな覚悟で向き合う時代になっています。

そのために、文科省・中教審には具体的手立てとして、管理職の意識改革・マネジメント力向上を最重要課題として考えてほしいと思います。

どんな施策を講じようと、実際にマネジメントを行うのは校長。
でも、現場には「未だにやりがい搾取?」という古い考え方の校長が山ほどいるのです。

まずは、校長の意識改革・マネジメント力育成が急務。
それなしには、どんな施策も効果を発揮することはありません。
そうでなければ、6年後もまた同じ新聞記事を目にすることに…。

様々な生活背景を抱える教職員がいる学校。
「一人ひとりが誇りをもって働けるような育成・支援プログラム」と同時に「働きやすい・働き続けられるシステム」を構築することが必要です。

教育からすっかり離れた僕。
久々の「教育」でしたが、内容は教育ではなくリーダーとかマネジメントとか?
久々にビジネス書でも読んでみようかな(^^♪

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現場主義と業務改革 #164

みなさん こんにちは!
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餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

大阪・北摂は台風が去り、晴れ間が戻ってきました。でも、まだ時折強い風が吹いているし、空を見上げると分厚い雲に覆われているところも…。昨夜は全国各地の被害の様子を知るたびに心が痛くなりました。権限と権力をはき違えて悪いことばかりする人たちが贅沢な暮らしをしているのに、まじめに真剣に生きてきた人がどうしてつらい思いをしなければならないのか…。失われた命は返ってきませんが、せめてしっかりとした救済措置をとってほしいと思います。

さて、今日のテーマは「現場主義と業務改革」。2日間の休日明けは教育カテゴリーの話からです。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

今朝の空。レッスンルームからの撮影です。

働き方改革

「地域部活動#160」で少し書きましたが、「働き方改革」は社会の仕組みそのものを変える取組だと考えています。戦後の高度経済成長期を支えた「1日8時間労働」「週休1~2日」「終身雇用制」など。特に、バブル期に見られた「企業戦士的働き方」はすでに過去の遺物となっています。僕も職場で「もう終身雇用の時代じゃないからね」なんて話をよくしていました。

厚生労働省は「働き方改革」を「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」「働く方のニーズの多様化」などの課題に対応するため「個々の事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにする」改革としています。みなさんはこの言葉をどう解釈されますか?

社会の構成員である僕たち。諸課題に対する理解を深め、より良い社会実現のために協力し合わなければならないのは当然です。しかし、社会のために個人が犠牲になって良いかというと、それは間違いです。21世紀における「良い社会」とは「一人ひとりが自己実現できる社会」ではないでしょうか。
そのために行政や経済界等が中心になって取り組むべきミッションもありますが、それだけでは不十分。現場ごとに行うべき「業務改革」があると僕は考えます。

写真と本文は無関係です(^^ゞ

学校現場

前例踏襲が多い学校現場ですが、学校ごとの歴史や文化、伝統的な取組をすべて否定しているわけではありません。100年以上もの間、脈々と受け継がれている地域・学校文化に出合い、感銘を受けたことだって何度もあります。継承すべきものは継承して正解です。

ただ、気をつけなければならない点があります。それは、形式だけを継承しないこと。文化とは現象面だけを指す言葉ではなく、その背景にある歴史やフィロソフィーをも含む言葉です。そして、むしろ大切なのは歴史・フィロソフィーの方。形式美の代表ともいえる「伝統芸能」の世界でさえ、一つひとつの所作には意味があります。だから、すべての形式は歴史に基づくものであり、フィロソフィーを実現するための手段・方法だと僕は思っています。

僕が学校現場に対して批判的に「前例踏襲」「形骸化」と書く理由はまさにこの点です。おそらく、取組が始まった頃には「意図」があったはず。しかし、それがいつの間にか継続・実践することが目的となり、PDCAを回すこともKPT法で見直すこともなく、ただただ続けている。このあたりのことは学校GDなどの話を通じて何度も書いてきました。
残念ながら学校現場にはこのような「前例踏襲」「形骸化」が今なお多く残っています。

写真と本文は無関係です(^^ゞ

現場主義

このようなことが起きてしまう最大の原因はどこにあるのでしょう。僕は、成果の検証が苦手な学校現場の特性にあると考えています。「子どもたちの学びと成長を促す教育の成果は簡単に評価できるものではない」とする考え方は、管理的で短期的な成果主義に陥りがちな教育行政から教職員を守ることにはつながっています。しかし、この言葉は「狭義の学力観に基づく点数主義に陥ることなく、人間教育・人格形成を大切にしたい」と願う教職員の品格の表れであって、成果の検証を放棄するものではありません。

長年、学校現場で働いてきた経験から言うと、取組時に掲げた目的・目標の成果を検証する学校にはほとんど出合いませんでした。運動会を始めとする諸行事も、研究授業を中心とする校内研究もそうです。学校GDなどは、その最たるものかもしれません。

僕が現場主義を勧める理由。「〇〇は現場で起きているんだ!」とか「現場を知らない学者のくせに!」などと言って、教育委員会や研究団体、大学等を締め出そうとしているのではありません。むしろ逆です。
僕は、学校現場が成果を検証し、しっかりとしたエビデンスを持つことを現場主義と呼んでいます。そのために、外部から成果検証の視点や方法を学ぶことが学校には求められているのです。

写真と本文は無関係です(^^ゞ

業務改革

「どこの誰に教わったのかな」と思うような教育論を熱く語る教職員に多く出会いました。もちろん、それ自体は素敵なことです。ただ、理屈は言うけど実践的指導力はイマイチ…というケースもありました。情熱と口は素晴らしいけど「成果が上がってへんねんけど?」というケースです。

でも、立派な口に負けてしまうからか、きちんとしたエビデンスも無いまま効果の低い(ない)取組をいつまでも続けている学校があります。成果検証をすればすぐにわかるはずですが、残念ながらいつも検証は不十分。なので、何となくそれっぽいことを言われると「成果が上がる良い取組だ」と勘違いしてしまうのでしょう。まさに時間&労力の無駄づかい。業務改悪?民間企業であるのかなぁ、こんなこと?

と考えると、やはり重要なのはPDCA。成果検証、特に数値化は難しい課題ですが、まずは後出しジャンケンにならないように、事前に検証軸をしっかりと持つことが大切です。「校内組織(検証)#58」で書いたと思いますが、ゴールとなる子どもたちの姿を具体的にイメージすることができれば大きくずれることはありません。自信をもって取組を評価してください。

このようなPDCAを回すことなく、継続目的で小さな改善を加えることに意味はありません。まずは、成果検証がポイント!そして、成果が低い場合には、大きな枠組から見直したり、時にはやめたりする勇気を持ってください。確かに、教育の成果は見えにくく判断しづらいですが、質の高い業務に集中していくために、これらの作業はマストです。それが最後には業務の効率化にもつながるのです。

行政が責任をもって進めるべき「働き方改革」ではありますが、それだけでは何も進みません。大切なのは、現場の教職員が「業務改善」レベルではなく、常に「業務改革」まで視野に入れておくことです。
継承と発展をキーワードに、エビデンスに基づいたクリエイティブな取組が展開され、学校全体の業務改善・業務改革・働き方改革が進むことを期待しています。

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教育行政改革 #138

みなさん こんにちは!
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餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

僕たちの町の小中学校の夏休みは昨日まで。今日から第2学期が始まりました。
数年前に夏休みが短縮されてから、ずっと8月25日が第2学期の始業式。そんなに慌てて授業を始める必要があるのかなぁ。

さて、今日のテーマは「教育行政改革」。
一読に要する時間は約5分30秒(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

長期休業期間

公立小中学校の長期休業期間が短縮傾向にあると書いた「学校の長期休業#80」から一部抜粋してみます。

コロナ禍以前から、夏休み期間を短縮する自治体が増えていました。自治体・学校サイドの理由はおそらく、学習指導要領改訂による学習内容の増加と教室へのエアコン設置が進んだことなど。
また、僕が子どもだった50年前と比べると、両親共働きやシングルの家庭が増加していることも理由の1つかもしれません。
(中略)長期休業期間を短縮する動きは近隣でも起こっており、全国的な流れだと言えそうです。

さらに、長期休業期間は誰が決めるかについても書きましたので、その部分も抜粋してみます。

ところで、学校の学期や長期休業期間は「学校教育法施行令第29条」で定められています。(中略)つまり、公立小中学校の長期休業は市町村教育委員会が決めるということです。ですから、夏休みは短めで冬休みが長め、という地域だってあります。

学び方&働き方改革

僕は、子どもの学びと育ちを社会全体で支えていくために、小中学校における年間授業時間数については削減してほしいと考えています。「子どもの学び方改革#128」で書いた通りです。学校教育偏重になっている現状を改善し、学校教育・家庭教育・地域教育をバランスよく組み合わせることが、子どもの学びと育ちには大切だと思うからです。保護者が働くための保育の充実は、学校教育とは別の課題です。

また、24時間戦う企業戦士称賛の時代も終わっています。おとな(保護者)の労働時間削減も進めて、各自のプライベートタイムを確保。子育てや家事だけでなく、自分自身のライフワークを楽しむ時間を持つことができる社会になればいいなと思っています。

生きる力

そもそもおかしいのは一生懸命働いてもゆとりある暮らしにならない社会のあり方です。これも以前、書きました。
「人としてより良く生きたい」と願いながら、生活に必要な収入を得ることで精いっぱいな現実。「夢」「やりがい」「自己実現」よりも「とにかく生きること」に必死な人たちがたくさんいます。
貧困や虐待などの社会問題がある一方、エリートを目指すための受験競争や出世競争がなくならない理由はこのあたりにあるのかもしれません。

ただ、今回のロシアによるウクライナ侵攻によって明らかになった事実もあります。難民となり国外での生活を余儀なくされているウクライナの方々の中には、母国でかなりのキャリアを持っていた方がたくさんおられます。しかし、そのキャリアが活かされることは少なく、他の方々同様、生活の糧となる仕事を得ることにとても苦労をしていらっしゃるそうです。

予測困難な時代はすでに始まっています。もはや、従来の価値観・考え方だけで安心していられる状況ではありません。未来を生きる子どもたちはもちろん、僕たちもおとなも何を学び、どう生きるかが問われているように思います。

効果検証

夏休み短縮の話に戻ります。
夏休み短縮そのものは定着してきた感があります。でも、それは単に慣れただけ。徐々に違和感がなくなってきたというだけの話です。教育委員会は、導入から数年が経過した今、どのような効果があったのかを検証し、夏休み短縮戦略を適切に評価することが大切です。

とは言え、授業時間数確保を目的として始めた施策。おそらく「余裕をもって授業時間数を確保できた」とか「ゆとりを持った学習を展開することができた」的なまとめしかしないのだろうと思います。特に、ここ数年はコロナ禍による臨時休業や学級閉鎖、出席停止などが多かったので、「学びの保障=授業時間数の確保」という論点のみで肯定的評価をするのだろうと思います。

しかし、それは単なる数字の話。様々な課題を抱えて困っている子どもたちの学びと育ちを本当に保証するものになったかどうかは授業時間数で判断・評価できるものではありません。
広義の学力や学習習慣、社会性など、様々な尺度で、夏休み短縮の効果について検証してほしいと思います。

教育行政

検証結果によっては、さらに夏休みを短縮することもアイディアとして浮上するかもしれません。僕自身の立場とは異なりますが、それはそれでおもしろいと思います。夏休み短縮とセットで、日々の授業時間数や労働時間を減少しようという話になれば、なおおもしろいと思います。
大切なことは、社会の変化と子どもたちの実態、すなわち現実をしっかりと見つめること。そして、その上で、柔軟な発想で対応できる力を政治や教育行政が持つことが重要だと思います。

そのためには、何と言っても教育委員会事務局にゆとりが必要!
まずは、事務局の働き方改革から進めてほしいです。子どもたちの学び方改革や教職員の働き方改革を担う組織から改革することには大きな意義があります。

教育行政改革

一人の指導主事が抱えている業務量は、ブラックだと言われる現場教員のそれをはるかに超えることもあります。
その指導主事を統括する上席もまた同様。上席の指示・判断が重要な世界なのに、守備範囲が広すぎて部下から上がってくる案件に対して主体的かつ適切な判断ができないのではないかと思ってしまいます。

心身にゆとりを持てない働き過ぎの職場から柔軟な発想は生まれません。また、担当が一人で丸抱えせざるを得ないような協働的でない職場からは豊かなアイディアも生まれません。さらに、様々なリスクへの対応なども十分にできるとは思えませんし、そもそも持続可能ではありません。

問題解決には、肥大化し過ぎた学校教育そのものの見直しが一番ですが、それはすぐには無理というもの。
ですから、まずは教育委員会事務局の人数を増やすことから始めてほしいと思います。
首長を始めとするリーダーの方々には、事務局メンバーの負担軽減とゆとりある働き方を実現することで、組織内に「いたわり」「配慮」の文化を広めてほしいと思うのです。

僕は、教育委員会不要論者ではありません。むしろ教育委員会メンバーが元気になることが、子どもたちの豊かな学びと育ちの保障につながると考えています。それが、学び方改革・働き方改革にもつながると思うのです。

改めて政治や教育行政に関わる方々には、身近な人を大切にしながら、愛をもって道を切り拓いてほしいです。言うなればロックな行政?
人が人として豊かに生きるとはどういうことなのか。そのために自分の持っている権限をどう使うのかを考え、実行してくださることを期待しています。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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子どもの学び方改革 #128

みなさん おはようございます!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

今日は8/15(月)。「今年のお盆休みっていつまでなのかな?」と思ったので、スマホでググってみました。ホント、便利な時代です。
すると、「お盆」には「旧盆」「新盆」「月遅れの盆」の3種類があり、地域によって「お盆」期間が異なるのだそう!そんなことさえ知らなかった僕は、60年もの間、お盆と言えば全国一律で8月だと思い込んでいました。何と情けない!

ただ、「旧盆」「新盆」を採用している地域は少なく「月遅れの盆」を「お盆」とする地域がほとんど。ちなみに、2022年の「月遅れの盆」期間は、8/13(土)~8/16(火)。暦の上では明日8/16(火)が送り火(お盆明け)なので、明日までがお盆期間だそうです。
ただ、お盆休みはどうなのでしょう?8/11(祝)~16(火)あたり?もしかすると、今日8/15(月)から出勤という方もいらっしゃるかも?ホントご苦労様です。

さて、今日のテーマは「子どもの学び方改革」。おとなの働き方改革は聞きますが、子どもたちの方はどうなんだろうと思って書いてみました。
一読に要する時間は約5分30秒(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

夏休み短縮

僕たちの市では、数年前から小中学校の夏休み期間を1週間短縮。その結果、もともと8月末までだった夏休みは8/24で終了。8/25から2学期が開始されます。最近就職した教職員にとっては当たり前でも、僕にすれば未だに変な感じ。むしろ「時代に逆行してない?」とさえ思ってしまいます。

そんな違和感がMAXになる日が4日間あります。2022年で言えば、8/27(土)28(日)と31(水)9/1(木)の4日間。つまり、夏休み最後の土・日プラス月末・月初めです。
これらの日になるとテレビから流れてくる「夏休み最後の土曜となった今日…」などの言葉。
この言葉を聞くと「夏休み?とっくに終わってるわ!」と思ってしまいます。
そして、9/1になると聞こえてくる「〇〇市の小学校では今日から2学期が始まりました…」なんて言葉。
「2学期?とっくに始まってるわ!」。

違和感の理由

仕事が嫌いなわけでも、子どもたちと会いたくないわけでもありません。
当時6週間あった夏休みですが、そのうち平日は約30日間。教諭時代には、この30日間のうち25日間ほどは毎年出勤し、1学期末業務や2学期準備はもちろん、夏休みならではの活動(水泳指導や学習会、教職員研修会等)を行っていました。また、土日には地域のお祭りや水泳大会にも参加。子どもたちとは毎日のように会っていました。比較的、休みを取りやすい冬休みと違って、夏休みはほとんど出勤していたのです。

ただ、休暇を取得して連休をつくったり、時間年休を活用して遅めに出勤&早めに退勤したりして、プライベートタイムの充実も図っていました。日頃できない経験をし、自分自身に幅をつくる…。それが教職員にとって、最も効果のある研修・自己研鑽だと思っていたからです。

そんな夏休みが短縮された最大の理由は「授業時間の確保」。
何だかんだ言いながら、結局は「知識・技能」偏重の学力観&受験システムから離れられない日本の国。そして、「強みで勝負」ではなく「弱点強化・苦手克服」が好きな国民性。そういうところが変わらないのだと思います。

学力観の転換

僕自身は、これまで何度も書いてきましたが、学力観を転換すべきだ思っています。「与えられる課題をこなすことが中心の学習」から「自ら課題を見つける探究的な学習」への転換です。これは子どもではなく、むしろ教職員の課題です。

実際に、現場の教職員に対して、課題発見・設定・解決力はもちろん、分析力(たとえば、成果が上がっているかどうかを検証する力)が弱いと感じる場面が多くありました。そのくせ、強いこだわり・教育論だけは持っていて、工夫改善することも苦手。「子どもに変容を求める前に、まずはあなた自身が変わらないと…」。そんな話をすることも少なくありませんでした。

「学力観の転換」については国も同様のことを言っています。ただ、現場的にはそれを進めていきにくい!たとえば、指導内容や量は膨大なまま!いや、むしろ増加している?この状況では「学力観の転換」はなかなか前へ進みません。現場も「狭義の学力(知識・技能)」を基盤に「広義の学力」を育成しようと頑張るのですが、どうしても前者偏重になってしまうのです。

授業時間削減

保護者の反発覚悟で言いますが、僕は夏休みの短縮には反対です。というか、授業時間を削減するべきだと考えています。

教える(=与える)学習内容の多さが1000時間を超える標準授業時数の根拠となり、授業時間の確保=長期休業短縮につながっています。
そして、これらのベースにある根本的な課題が、日本社会に根強く残る「長時間活動称賛文化」です。

1988年(昭和63年)、栄養ドリンク『リゲイン』(第一三共ヘルスケア)のCMで大流行した「24時間戦えますか?」のキャッチコピー。このコピーは長時間労働が美徳であったバブル期に作られたものですが、今や「ブラックな働き方」が問題視される時代。バブル崩壊とともに「働き方改革」の考え方が進んだ今、改めて聞いてみると「すごいコピーやな」と思います。好きでしたけどね、時任三郎さんのCM(^^;

それなのに、子どもたちに「長時間勉強」を強いる風潮は変化なし。その原因は間違いなくおとなです。
「長時間活動称賛文化」を実践し、そこそこの成果をあげてきたおとなたち。そのおとなたちが教職員や保護者となり、再び次代にその価値観を伝えていく。つまり価値観の再生産。

もう、文科省が思い切って「毎日4時間授業を上限とする!」的な大胆アイディアを出さないと何も変わらない気がします。保護者の就労支援を含めた、子どもの保育問題は全く別物。各省庁や官民が連携して、「脱・長時間勉強文化」を推進してくれることを期待しています。

すでに夏休み短縮問題とは無関係になった僕が言うのも何ですが、子どもたちの学び方改革を進めることで、教育界が抱えている問題・課題のいくつかは解決できるかもしれません。さらに言えば、そういう改革が実現できる国になることで、国レベルの問題・課題も解決できるかもしれません。
僕も、次代を生きる子どもたちの未来を希望に満ちたものになるよう、自分にできることから取り組んでいきたいと思います。もちろん、長時間活動にならないように気をつけながら…です(^^♪

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コロナと学校 #26

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今朝もよく晴れています!今日は所用で高松に行く予定。渋滞だけが心配…。

さて、今日の中論文(?)テーマは「コロナと学校」。僕の目に映ったコロナ禍の影響について書いてみたいと思います。よろしくお願いします!
※一読に要する時間 約6分 僕が計測しました(^^♪

楽しかった大阪MUSE35周年 餃子大王vsタートルズ (楽屋にて)

2018年以降

僕の定年前最後の4年間はなかなか厳しい状況でした。
2018年6月18日午前7時58分に発生した大阪北部地震。登校してくる児童を正門(城門を復元した門)で迎えていた時に地震は起きました。門が倒壊しないことを祈りながら、しゃがみこんだ子どもたちの上から覆いかぶさる…。僕にはそんなことしかできませんでした。校区は昔ながらの景観が残る素敵な街なのですが、その分大きな被害も出てしまいました。住むところを失い転校を余儀なくされた子どもたちもいました。

その後も、慢性的な教職員不足による現場のひっ迫。
全国的に増え始めた熱中症による事故。
そしてコロナ禍。

写真はイメージです。本文とは関係ありません(^^♪

コロナ禍

2020年1月。コロナウィルスによる感染が急拡大!多くの尊い生命が失われました。職がなくなり生活の糧を失った方、ひっ迫した職場で心身の限界まで働き続けた方。相次ぐ休業や倒産、移動の制限など、これまで経験したことがない状況に日本も外国も飲み込まれていきました。

もちろん学校現場も同様。突然の全国一斉臨時休業措置により、現場は大混乱。学校再開後も教育活動は大きく制限されました。加えて、学級閉鎖や出席停止措置、教職員の自宅待機要請など…。授業時間数の確保はもちろん、子どもたちの学びと育ちを保障するという当たり前で最も大切なことができない…。そんな状況でした。

日本型教育

もともと日本の学校教育のあり方は、教育基本法・学校教育法を始めとする様々な法令で定められています。特に、教科等の学習内容については学習指導要領で細かく規定されています。また、学ぶ内容に加えて、子どもが身につけるべき水準も決められている(到達目標)ため、日本ではどの地域のどの学校に通っても一定の水準での教育を受けることが可能になっています。先日書いた『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の中学校とはずいぶん違います。

でも、この日本型教育の良さが、コロナ禍の学校現場には大きな課題となりました。授業時間数不足。そして、グループワークなど接触のある活動に対する制限。合唱や合奏、実験や調理実習、接触のある運動など、教科によっては定められた学習内容が実施できない状況。つまり、指導も評価もほぼ不可能…。そんな中で教職員は子どもたちの学びの保障に必死で取り組んでいたと、僕は思っています。

教科学習以外にも制限がありました。たとえば、給食は今なお黙食です。まあ、3年生以下の子どもたちは黙食の経験しかないのですから、「給食は黙って食べるもの」と考えているのかもしれません。でも、当然、給食指導の目標だってあるのですから、とても残念な話です。

写真はイメージです。本文とは関係ありません(^^♪

現場の苦労

一方で、GIGAスクール構想が全国的に一気に進んだことは事実です。ただ、整備状況は自治体によって様々。僕たちの市も、自治体・市教委・学校・家庭が連携して頑張りましたが、実用性という点ではなかなか厳しかったです。当時は「オンライン授業なんてとても無理」という自治体がほとんどでしたし、今でも多くの自治体が整備中だと思います。

近隣市で校長先生の提言が問題視された上、最終的に処分にまで至った事例もありましたが、学校現場からみれば当然の提言。以前にも書きましたが、この間、学校教職員(少なくとも教員)は本務と言えない業務を多く担わされてきました。「緊急時だから…」という理由がメインですが、そもそも連携・協力ばかりで分担・協働の観点が抜けているのだと僕は考えています。
改めて『学校における働き方改革に関する緊急提言(平成29年12月26日 文部科学大臣決定)』の実現に向け、校長先生方には市教委・保護者等への働きかけを強めてほしいなと思います。というか、まず校長先生方には『働き方改革』に関する問題意識を高く持ってほしいと思います。

写真はイメージです。本文とは関係ありません(^^♪

コロナ禍の舞台裏

この2年間はコロナ禍の影響で、例年通りが通用しませんでした。どの学校も工夫を重ね、「子どもたちの学びと育ちの保障」に懸命に取り組まれたことと思います。前例踏襲が好きではない僕にとっては「好ましい傾向」ではありました。でも、実際のところは本当に大変でした。
たとえば学校行事。結果だけ見れば「中止」「延期」「縮小」のオンパレード!でも、舞台裏は例年以上に大忙し!「状況が改善したら…」「感染が拡大したら…」など、様々な状況を想定して、柔軟に対応できるように準備を進めていました。でも結局は「中止」「縮小」の判断となることも多くありました。

僕の勤務校でも同じです。教職員は常に複数のパターンに対応できるように準備を進めてくれていました。最終判断もギリギリまで待ってくれました。加えて、学びの主体者である子どもたちへの事前指導。「人生には頑張って準備しても望む結果が得られないことも。でも、プロセスから得られる学びが必ずある!」ということなどを事前に伝えてくれていました。
こんなふうに「子どもたちの学びと育ち」を保障しようと、教職員も相当頑張っていたのです。まあ、現象面からは理解しにくいと思いますが…。

中には「早めに中止判断をしたほうが良い」と考えた学校もあるでしょう。もちろんメリットはあります。たとえば、「児童や教職員の負担を軽減できる」「保護者に早く予定を伝えることができる」「キャンセル料を支払わなくて済む」など。でも、やはり僕たちの学校は最後まで可能性を追求することを考えていました。もちろん「やめる勇気」を持ちつつです!

I本君のFacebookより!京都京北の風景です。なごんでね♪

教職員の仕事

学校現場は、今もなお厳しくしんどい状況が続いています。子どもたちも教職員も頑張りにくい状況です。しかし、そんな中でもクリエイティブに教育活動を展開しようとする子どもたち・教職員に支えられながら、僕は校長の仕事をさせてもらっていました。そんな教職員が保護者の方から感謝の言葉をかけてもらえた時は本当にうれしかったです。今、改めて皆さんに感謝したいと思います。

ところで、教職員の本務は「子どもたちの安心・安全、学びと育ちの保障」です。学校の働き方改革が進み、学校教職員が本務に力を注ぐことができる日が一日も早く来ることを願っています。そのために、僕は僕の方法で頑張りたいと思います。教職を志した人たちが、夢と目標をもって教育に携わることができる社会をめざして!

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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