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組織づくり #45

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日も昨日と同じような空。どこかすっきりしない感じです。
さらに木曜日あたりから天気は下り坂。大阪の2週間予報を見ても、晴れマークより雲&傘マークの方が多いかな。
いよいよ梅雨?
雨を待ち望んでいる方には朗報ですね。そうでない方は仕事や学業の段取りをお考えくださいね。ちなみに小学校の授業は天気の影響をよく受けます(^^;

さて、今日のテーマは「組織づくり」。もちろん、フレームだけを変えても仕方がないのはその通り。でも、僕はフレームづくりを通して、組織とはどうあるべきかを教職員に投げかけ続けてきました。ゴールはインクルーシブな組織づくり。だから、僕の組織論は目的であり、手段でもありました。

なんて大きく構えましたが、民間企業にお勤めの方には至極当然の話。むしろ「まだまだ」でしょう。加えて、今日お話しすることには地域差・学校差があります。ですので、あくまでも僕が勤務した学校+αの範囲の話だと思っていただけるとありがたいです。

ちなみに本日のBGMはDonny Hathawayの『Live』盤より「What’s Going On」。心地よいビートを感じながら、僕が考えていたことを書いてみたいと思います。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします。

校務分掌組織

僕たちは「〇〇委員会」などの校内組織のことを校務分掌組織と呼んでいます。この校務分掌組織設置は学校に裁量権があります。そのため、設置している委員会は地域や規模、研究テーマなどにより様々です。ただ、僕の知る限りでは「学力保障」「人権教育」などに関する委員会を設置している学校が多かったように思います。

ちなみに僕が最後に勤務した学校には『研究推進委員会』『専門委員会』がありました。それぞれに設置していた個別の委員会は以下の通りです。
『研究』には「学力」「人権」「支援」「特別活動」。
『専門』には「生活指導」「保健・給食」「図書・情報」「体育行事」「不登校対策」。
(他にも行事関係の会議や不定期開催の委員会もありました)
僕たちの学校では、全教職員が『研究』『専門』の委員会にそれぞれ1つずつ、合計2つ所属することを原則にしていました。

前述したとおり、どんな委員会を設置するかは学校裁量です。「学力」「人権」があってもなくても全く問題ではありません。では何が問題なのか?
第1の問題は「必然性」。そして、第2の問題は「関係性」です。

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必然性

まずは第1の問題「必然性」の話から。
これまで何度も書いてきたことですが、学校文化の1つに前例踏襲があります。機構改革のレベルになると、よほど必要に迫られることがない限り実施しません。せいぜいマイナーチェンジ止まりです。もちろん、機構改革自体も目的ではなく手段ですので、やればいいという問題でないのは言うまでもありません。でも、時には自校の組織構造について確認してみてはいかがでしょう。

確認のポイントはとてもシンプル。校務分掌組織が、学校目標=設定したゴールに向かうために適切な組織構造になっているかという点です。
学校グランドデザインとの関係が希薄で、各組織が個別の研究テーマに基づき活動しているパターンをよく見かけます。他にも単なる前例踏襲パターン。そして、「教育の世界だから学力!」「人権って大事!」レベルの安易な発想パターン。

いずれも、「委員会は学校目標への貢献のために設置する」という基本的視点が抜けています。学校目標達成のために、何を研究推進する組織が必要か。その「必然性」に基づいて戦略的に組織を設置してほしいと僕は思います。

必然性があれば、言わなくても子どもたちは全力を出しきります!(^^)!

関係性

第2の課題は「関係性」。
違う言葉でいうと「縦割り構造からの脱却」。
こうなる原因は、第1の課題で書いた通り。学校目標達成のために組織が存在できていないことが原因です。

ですから、改善ポイントは1つ。「学校目標達成のために組織がある」ということを全教職員に理解してもらえるように努めることです。
教職員が自分勝手だから縦割り構造になっているのではありません。そもそも学校はそういうパターンが多く、知らない間にそれが当たり前だと思ってしまっているだけなのです。まずは、自校の組織の「関係性」をメタ認知することから始めてみてはいかがでしょうか。

資源の活用

時代はSDGs。持続可能な社会の枠組づくりが求められています。また、そのために限りある資源を有効に活用することも求められています。
そして、学校における最大の資源は教職員であり、教職員の多くは極めて真面目!これは何度も主張してきました。

管理職、とりわけ校長の仕事は、真面目な教職員の方々が行う業務が組織の成長につながるようにマネジメントすることです。限りある教職員の力を無駄使いせず、組織貢献につなげることが何よりも重要な責務だと言ってもよいのではないでしょうか。

そのためのキーワードは「共通目標」と「共通言語」。これらを活用し、「ベクトルをそろえる」ことで、教職員の力を効果的に活用することが可能になると僕は考えます。

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大切なこと

ただし、改めて確認しておきたいことが一つだけあります。
それは、組織づくりの本当の意図についてです。
これまで組織目標・組織貢献と何度も書きました。でも、組織が成熟し、生産性を高め、成果をあげたとしても、それは結果にすぎません。
組織としての目標は、個人の目標よりも上位に位置づきます。しかし、組織の成長が個人の幸福よりも上位かというと、それは大きな間違いです。

力のある組織をつくる目的は、教職員へのリスペクトと配慮に由来します。すべての教職員が自己有用感を感じ、努力が成果となることを実感できる組織づくり。教職員がモチベーションを高め、自らの意思で業務に向き合おうとする組織づくり。組織の継続的成長はそれらの結果に過ぎない。僕はそう考えています。

相変わらず長文になりましたが、具体的な話までいくことができませんでした。
たとえば、『研究』4組織はどのような関係だったのか?また、個々の教職員の目標と組織目標との関連はどうだったのか?など。これらの話題については、また別の機会にお話しさせてください!よろしくお願いします(^^♪

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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小学校の校長の仕事② #8

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は「小学校の校長の仕事①(4/13)」の続編。学校教育法第37条第4項の前半部分である「校長は校務をつかさどり…」について書いてみたいと思います。最後までお付き合いください。

学校の組織

学校組織の多くは鍋蓋型です。鍋蓋の本体が教職員で、小さな持ち手部分が管理職。つまり、民間企業によくあるヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型構造ではありません。学校によって首席(主幹)や主任等もいますが、実際の職務は学校によるため、多くの学校は「フラットな関係の教職員と少数の管理職」という鍋蓋型組織であると言えます。

そのような組織構造ゆえ、学校経営・運営のあり方も民間企業と違い、かなり特徴的です。もちろん、そこには歴史的背景が存在します。

学校の文化

かつて日本が世界大戦へと進んでいった時代。学校は戦時下教育として皇国民を育成する教育へと舵を切り、小学校は国民学校へと名称が変更されました。初等教育における国民科・体練科、中等教育における軍事教練・勤労奉仕など教育内容にも大きな変化が見られます。このような戦時下教育への急激な転換は、「大東亜共存圏建設」という政治目的が教育本来の目的よりも優先されたことを意味するだけでなく、教育を政治的に利用した結果であると言えます。

僕たちは子どもたちと多くの平和学習に取り組み、戦中・戦後を生きた方々から多くのことを教わりました。戦時下教育に携わった先輩教職員の苦悩についても学びました。

トップダウンへの警戒という学校文化。即ち、民主的な組織として、教職員自らが考え、方針を決定しようする文化は、歴史から得た教訓であり、今後も大切にすべき財産でもあると僕は考えています。

ワンマン経営の問題点

校長の肩書だけで教職員の信頼を得られる時代は終わりました。また、時代の流れはインクルージョン。「教職員は学校の命」ですので、教職員の思いや考えを尊重することはとても大切です。志水宏吉先生(大阪大学大学院教授)の言われる「気持ちの揃った教職員集団」は、学校の経営・運営上最大の強み!僕はずっとそう考えています。
ですから、校長先生方には、ご自身がよほどのカリスマでもない限り、教職員を信頼し、インクルーシブで協働的な組織をつくることを勧めます。独裁・独善的な手法では、学校経営の方向を見誤るだけでなく、教職員組織の育成をも阻害してしまいます。

教職員による判断

では、方針決定を職員会議等での教職員議論に委ねて良いかと聞かれると、僕の答えはNOです。「民主的な組織づくり・インクルージョン…」とキーワードを並べられてもNOです。根拠法令もありますが、それが理由ではありません。

たとえば、学校の「判断」への批判対応。校長自らが主体的に判断するというプロセスを経ていないと説明に困ってしまいます。その挙句「そういう意見が多かったのです。私の意見は違うのですが…」なんて話してしまったら最悪です。こんな責任転嫁は学園ドラマの中だけにしてほしいものです。 そもそも判断に迷うような問題には様々な意見があって当たり前。校長は教職員の代表として、判断理由を堂々と説明すればよいのです。もちろん、保護者対応等には相手へのリスペクトと配慮が必要ですが、その話題はまた後日。

校長の判断

一方で、コロナ禍により、自治体や教育委員会に方針決定を求める校長が増えました。「歴史から得た教訓はどこへ?」ととても残念な気持ちになります。上部組織に統一した指示を…というのは、児童・保護者の不信感防止など一定のメリットが期待できることは事実です。しかし、僕はデメリットの方が大きいと思います。

現場のことは現場の教職員が一番良く知っていますので、校長は独善的にならずに、教職員の声に耳を傾けるべきです。そのために、個々の思いや考えを引き出す工夫も必要です。そして、集まったたくさんの情報を、高所大所から多面的・多角的に分析。教職員の思い・考えを十分に理解した上で、意思決定は自らの責任において校長が行うというのが僕の考えです。
ただし、これは学校グランドデザインに関わるフィロソフィーとそれに基づく方針などの重要課題、昨今のコロナ対応方針など大きな事案に対する判断を必要とする場合の話です。

それ以外の課題、たとえば校務運営組織の具体的な取組などは、むしろ教職員に意思決定の権限を委譲することを勧めます。なぜなら、「教職員に権限を委譲する」ことも校長の意思決定によるものだからです。僕の組織論についてもまた後日お話しします。

校務をつかさどる

最近、「納得解」や「最適解」という言葉をよく耳にします。「正解」とも「多数派の解」とも違う「解」。インクルーシブな組織づくりを推進し、教職員一人ひとりが強みを発揮し合うことで、より良い方針を決定するために、特に「納得解」を目指すのはとても良いと感じます。

Society5.0に加えてコロナ禍…。新たな時代への対応に加え、難しい判断を迫られることが増えています。校長先生方のご苦労は大変!でも、仲間である教職員とともに前向きな議論を積み上げて、正解のない時代の納得解を探してほしいと思います。


教職員の思いをもとに最終の意思決定を行うことが校長の仕事であり、すなわち「校務をつかさどる」こと!学校組織の決定に全責任を負うのは校長であるという自覚こそが、校長の尊厳・品格の保持、そして教職員からの信頼につながるのです。さらに言えば、それこそが校長の楽しさ&醍醐味でもあります!
あとは、校長先生自らが自信を持って周りに情報発信をするだけ!がんばってください。応援しています!

「校長の仕事②」にお付き合いくださり、ありがとうございました!


次回もよろしくお願いします!
お待ちしています!