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国内総幸福の話 #334

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みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王Bassistじゅんちゃんです♪

今日は「国内総幸福の話」。
一読は約3分(僕計測)です。

目次

【1】「国内総幸福」
【2】個々の幸せ
【3】音楽の力

「国内総幸福」

たぶん5/5(金)。
僕たちの東京ツアー中に配達された朝日新聞に折り込みが入っていました。

タイトルは「未来空想新聞」。
発行は2040年(令和22年)5月5日(土)こどもの日。
1面には「さよならGDP 指標変更へ」という見出しが…。

政府は、新たに「GDP2(国内総幸福)=gross domestic pleasure」を国の豊かさを示す主要指標に定めた。経済的な豊かさだけではなく、既存のGDP(国内総生産=gross domestic product)では測れなかった精神的な「豊かさ」も反映する。
(以下略  朝日新聞「未来空想新聞」より)

「国内総幸福(GDP2)」という考え方。
「国民総幸福量(=gross national happiness)」という言葉は聞いたことがあるので、さほど目新しいわけではないかもしれません。

でも、考えてみればもっともな話。
国民総生産(GNP)や国内総生産(GDP)の向上は目的ではありません。
目的は、国民の幸福度の向上であり、GNP・GDP向上はそのための手段・指標にすぎません。

個々の幸せ

ただ、惜しいのは「国内総幸福」という括り方。

今だって、すごい大金持ちがいる一方、日々の生活に困っている方もいらっしゃいます。
電気料金が上がっても「それがどうした」という人もいれば、「それは困る!」という人もいます。

増税・軍事費増額などに対する受け止め方も様々です。
景気回復傾向とはいっても、庶民にそんな実感はありません。
増えない収入と増える支出で生活は苦しくなる一方。

生み出された富が、さほど“いい感じで”分けられているわけではないようです。

国内総幸福も同じ。
国内の幸福量が増えても、一部の人たちが独占してしまえば、それはまったく意味をなしません。

2040年には、幸せの度合いはともかく、誰もが幸せだと感じる「国民総幸福」な社会になるといいですね。

音楽の力

1年前のブログ「音楽の力#25」。
内容は、先日ご逝去された坂本龍一先輩の言葉から考えたものでした。

いつだったか読んだ坂本龍一先輩の「音楽の力という言葉」に対する考え。
そこには「音楽の力で被災地を元気に…という言葉に強い嫌悪感を感じる」ということが書かれていました。

もちろん、坂本先輩と言えば、「音楽の力」で国内はもちろん世界中に強い影響を与えた方です。その方をもってこの言葉!

坂本先輩の「嫌悪感」は「おこがましいと思う心の表れ」であり、それはまさに「謙虚さ」そのもの。僕はそう思います。

坂本先輩がおっしゃる通り、音楽の力だけで人生や社会が変わるとは思えません。


でも、音楽が「時間・空間を共有する場」となり人々をつないでいることは事実です。
そして、そこでは間違いなく「心の交流」が行われています。時には笑顔で、時には涙を流し合って…。

僕たちの小さなライブイベントだってそうです。
「音楽の力」とは、それ自体でなく、そういうことなのかなと僕は思います。

1年たった今も、思うことは同じ。
僕たちの音楽に社会を変える力などありません。

でも、僕たちのライブも「心の交流」の場にはなれるかもしれない。
そして、もしかすると「国民総幸福」へも貢献できるかもしれない。

明日5/20(土)は12年ぶりの「神戸チキンジョージ」でのライブw/G.A.Pさん。

大学時代、友人ができたことで頻繁に訪れるようになった神戸の街。
餃子大王加入後は、何度もライブをさせていただきました。

ターニングポイントは1995/1/17。
阪神・淡路大震災。
その後…そして、今。

明日は、いろんな思いをもって神戸に向かうことになりそうです。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
感想・コメントも大歓迎!
またお越しください!
お待ちしています!

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教育

災害の教訓化 #206

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

今日のテーマは「災害の教訓化」。
災害や事件・事故などの記憶を風化させることなく、教訓化することは大切です。でも…。
一読に要する時間は約3分(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

令和2年7月豪雨災害

先日帰省した熊本県人吉市。盆地につくられた人口わずか3万数千人の小さな町です。
令和2年7月豪雨により、球磨川と複数の支流の氾濫・土砂崩れが発生。氾濫流は約518haもの広範囲に及び、多数の人的被害に加え、4681戸の建物倒壊・浸水、橋梁流失、道路損壊など大規模災害となりました。

町には災害の規模を伝える記録が多く残されていました。
たとえば、僕たちが訪れた国宝「青井阿蘇神社」。近くの電柱には「実績浸水深3.8m」と記されたパネルが取り付けられていました。
また、市や企業のホームページには災害のようすや被害状況を伝えるデータや写真が多数アップされています。見学した「繊月酒造」にも当時の被害状況を伝えるパネル写真が展示されていました。

災害で失われた尊い命を追悼すること。そして、災害の記憶を風化させることなく、教訓化し、町と暮らしを再建すること。そんな強い思いが町中にあふれていました。

韓国・雑踏事故

10/29にソウル・梨泰院で起きた雑踏事故。150人以上が亡くなる悲しい事故の原因は10万人以上もの人が集まったことにより発生した「群衆雪崩」と呼ばれる現象だそうです。僕はこのニュースを人吉市で知りました。被害者の中に、夢をもって韓国に留学していた日本人がおられたことも報道で知りました。国籍・年齢・性別などに関わらず、人の命が失われるというニュースはとても悲しいものです。

今朝の朝日新聞では、事件の続報が大きく報道されていました。現地のようすや悲しみに暮れるご家族・ご友人の方々のコメントなど。読むだけで心が痛みます。

横の記事に目を移すと「自分にも起こると認識を」の見出し。明石花火大会歩道橋事故・ご遺族が「明石の事故を思い出し、心が痛んだ」とコメントされていました。
さらにその横には10/31の大阪ミナミに集まった群衆の写真とともに「コロナが収まってきたので、羽目をはずしたかった」という参加者のコメントも掲載。
何とも言えない微妙な気持ちになりました。

記憶と教訓化

阪神淡路大震災発生時、実家で被災したMちゃん。北淡震災記念公園や野島断層保存館見学をとても嫌がっていました。家屋の被害だけでなく、家族みんなが生命の危機にさらされた記憶が蘇ることがとてもつらいそうです。

明石歩道橋事故の当日、群衆の中から危機一髪で脱出した音楽仲間。この間、思い出したくない映像がテレビで繰り返し流されることを「少ししんどい」とSNSに投稿していました。

戦争・災害・事件・事故などの記憶を風化させず教訓化することはとても大切です。
テレビの向こう側のできごとを「かわいそう」と感じても、自分事として考えることが苦手な僕たち。「自分は大丈夫」とどこか思っているかもしれない僕たち。

そんな僕たちに、メディアはその社会的役割のもと、過去映像を活用しながら注意喚起をしてくれます。
町や施設には貴重な資料が保存・展示され、常に僕たちにメッセージを届けてくれます。学校では安全教育として、様々な対応・避難訓練を繰り返し実施。テーマに応じた視聴覚教材を活用しながら、子どもたちとともに命を守るとりくみを進めています。

しかし、人によりくぐってきた経験や記憶には違いがあります。感じ方にも個人差があります。
人の命を守るとりくみだからこそ、報道も教育も、もっともっと優しく温かいものになるといいな。今日はそんなことを考えました。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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