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餃子大王練習 #356

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みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王Bassistじゅんちゃんです♪

今日は「餃子大王練習」。
一読は3分弱(僕計測)です。

目次

【1】練習日程調整
【2】メイン課題
【3】サブ課題

練習日程調整

餃子大王のメンバーは多忙。
それは間違いないけれど、余暇がないわけではありません。
逆に、フリーの僕にも都合が悪い日だってあるわけです。

要は、全員の予定が合わなかっただけ。
若い頃なら「じゃあ平日の深夜にでも!」なんて選択肢があったかもしれません。
でも、アラ還バンドにそれは過酷。
その後の数日間が台無しになること間違いなしなのです。

そうして何とか調整がついた日でさえ、入りがギリギリだったりケツカッチンだったり!
なので、短時間のスタジオ滞在時間内でやるべきことは山ほどあるのです。

ところで、前回練習は6/10(土)。
神戸ライブ以来、3週間ぶりのスタジオ入りでした。

「7月からタイプの違うライブが続くのに大丈夫かな?」
そんな心配もしましたが、何とかQueまでの日程確定。
MUSEやO-WESTも視野に入れつつ、Queの準備を進める。
そんなスケジュールを組むことができました。

メイン課題

6/17(土)のメイン課題は「セトリづくり」。
前回出た意見をもとに修整したセトリを確認し、フィックス手前までもっていくことが目標です。

もちろん、セトリづくりは単なる曲順確認ではありません。

曲のつなぎやMCなど、細部も含めてアイディアを形にしていく作業です。
しかも、様々な配慮~たとえば体力や使用楽器の都合など~が必要。
加えて、おもしろくなければならないという餃子大王ならではの命題も!

だから、セトリづくりはとっても重要なのです。

で、結論は?というと“いい感じ”。
まだ確認&検討すべき点はありますが、方向性はほぼ確定。

松ちゃん、ジロー君を迎えてお届けするQueワンマンには今回ならではの工夫がいっぱい!
楽しいライブになりそうです(*^^)v

サブ課題

この日のサブ課題は「レア曲の復習」。

40周年の今年は「バーボンハウス」「コーネン」など30年前の曲も選曲。
レア過ぎてメンバーも忘れてしまっている曲を掘り起こしています。

「音源あったっけ?コピーせなあかん」なんて言いながら、とりあえずチャレンジ!
「思ったよりも覚えてた!合格!」と、相変わらず自分に甘い僕たち!

Queでも懐かしい曲を演奏する予定です。
どうぞお楽しみに(^^♪

そして、もう1つのサブ課題は継続課題「今後について」。
短期的には夏秋ライブ。
長期的には2024年以降の活動。

夏秋ライブについては前進。
MUSE、O-WEST、Knaveともにイメージ共有が進んでいます。

現状は、O-WESTセトリ案のみ完成ですが、次はMUSEのセトリに着手。
お客さんにも共演バンドさんにもスタッフさんにも楽しんでいただけるライブになるよう準備します!

練習を再開したことで、上ってきた僕のモチベーション。
適度な忙しさは、むしろやる気をアップさせてくれるようです。

まもなく始まる餃子大王40周年の夏!
「おかげサマーで40周年」は単なるシャレではなく、僕たちの本心です。

僕たちの活動を長く支えてくださった餃子大王ファンの方々。
SNSなどを通じ、新しくつながってくださった音楽ファンの方々。
すべての方々に感謝を伝える1年にしたいと思います。

ライブハウスでみなさんにお会いできることを楽しみにしています(*^^*)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
感想・コメントも大歓迎!
またお越しください!
お待ちしています!

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二足のわらじ #14

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日のテーマは「二足のわらじ」。カテゴリーは音楽です。最後までお付き合いください(^^)/

1978年の秋、高校2年生の文化祭。僕は初めてバンドスタイルでステージに立ちました。あれからもう少しで44年。その間、3ヶ月だけバンド活動を休止しましたが、それ以外はずっと途切れることなくバンド活動を継続しています。

あかさんデザイン「LIVE AT THE BOURBON HOUSE」ジャケット。サブスクでどうぞ!

バーボンハウス

餃子大王の人気絶頂期。本当に大勢のお客さんが来てくださいました。僕たちのホームは大阪梅田のバーボンハウス。百又ビルの地下にありました。だいたい二部制(2ステージ)でやっていたように記憶していますが、時にはライブハウスに入りきれないほどのお客さんが押し寄せ、百又ビルは階段まで人であふれていました。インディーズだけどメジャー並みの勢い…。若さもあって一番好き勝手に暴れまくっていた頃かもしれません。
今は…。「すっかり大人になったのね」と言えるくらいには落ち着きました。

すっかり大人になった僕たちをご覧ください!タートルズも素敵な年齢に♪

二足のわらじ その1

この頃は「二足のわらじをはいている」と言われていました。テレビやラジオ、新聞・雑誌でも取り上げていただきましたが、同時に「公務員の兼業・副業禁止」規定への抵触も取り沙汰されました。実際に、府教育委員会~市教育委員会~校長というルートでの調査・指導もありました。僕の当時の上司はO校長先生。とても豪快かつ知的な方でした。O校長先生からは質問1つと指導が1つのみ。「収入あるのか?」「儲けるなよ」とだけおっしゃいました。

O校長先生の指導に対して、当時の僕は「あまり言われなくてよかったな」くらいにしか感じていませんでしたが、今はそのすごさが分かります。僕も校長をしていましたが、教職員に対して同じ対応ができただろうか…
O校長先生からは、他にも多くのことを教わりました。でも、それは「教育」の話題の時にまた書くことにします。何と言っても、僕の教員としてのあり方に大きな影響を与えてくださったO校長先生の言葉。大事に書いてみたいと思うからです。

二足のわらじ その2

「二足のわらじ」についてもう1つ。担任をしていた頃、多くの保護者の方から「教師とバンド活動、両方されているなんて!すごいですね!」みたいなことをよく言われました。でも、その質問にはいつも「そうかなあ…」と思っていました。
僕の周りにはゴルフが趣味、パチンコは副業、仕事帰りはまず一杯という先生がいました。キャンプや料理、カラオケ、ショッピングが大好きという方もいました。休日はもちろん、毎日のオフタイムには好きなことに時間を費やし、楽しんでおられたのだろうと思います。
それに比べて、僕たちのバンド練習はせいぜい週末1回2時間程度。「毎日飲みに行く方が大変やろ」と僕は思っていました。

そもそも、餃子大王を「教師がバンド活動をしている」という認識でとらえること自体がすでに誤りです。餃子大王は「バンド活動をしていた若者が教師になった」バンドにすぎないのです。

B.G.とA.G.

その後もバンド活動を順調?それなりに?続けた僕。気がつけばステージに立ち続けて43年半になりました。そんな僕のターニングポイントはやはり餃子大王への加入。つまり、僕のバンド人生は『餃子大王以前(B.G. Before Gyoza)』と『餃子大王以後(A.G. After Gyoza)』とに分けることができるのです。

ところで、僕の記憶力が低下している、過去の記憶が薄れていっているという話はしました。かつてIQ160を誇った僕も、今、何のためにそこに来たのかわからなくて立ちすくむことが増えました。本当に困ります!
僕から生まれたたくさんのBassフレーズたち。演奏中に突然、僕の中から消えてなくなることが増えました。本当に迷惑しています!

ですから、今のうちに僕のバンド人生を振り返ってみたいと思うのです。その時々に僕は何を感じたのか。そして、それは僕の考え方にどんな影響を与えたのか。これから少しずつ綴っていきたいと思います。
って、まるで終活!自分史やん!

ということで、次にこのテーマで書くときはたぶん「B.G. 高校2年~」になると思います。ただし、その時に今日のことを覚えていれば…の話です(^_-)-☆

今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

また次回もお越しください!
お待ちしています!


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餃子大王加入! #12

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は僕が餃子大王に加入したいきさつについて書きたいと思います。理由は、記憶がどんどん薄れていっているから!「そんなの忘れる?」ということまで忘れていきます。昔のことは覚えていると言いますが、僕にはあまり当てはまらないようです😢
先日も、自分が何年幼稚園に通っていたか「?」となり、母に確認したところです。1年保育…かろうじて正解でした…。

餃子大王誕生の頃

餃子大王は1983年、大阪教育大学軽音楽部(通称K-ON、Nはホントは鏡文字)で誕生しました。結成当時のメンバーは4人。Vo&Gが森かずお君(1回生)。Dsはしげお君(1回生)。もう一人のGは「ギターの神様」わたるちゃん先輩(4回生)。そして、超絶プレイのBは大将先輩(回生不明)。

その頃の僕は3回生。『Lip Service』 というレゲエバンドをやっていました。2回生にはかめお君もいましたが、彼がやっていたバンドは『デラ』。何というか意味不明なバンドでした。さらに、謎の女キムチさんも1回生。『ルナティックドール』という女性バンドを組んでいたような気がします。違った?

餃子大王の音楽

餃子大王は、メンバー4人のうち半分が1回生とは思えないパワフルで独創的なプレイをするバンドでした。フレーズ面の独創性は先輩2人の力が大きかったのですが、曲そのものの独創性はむしろ1回生2人の力。2人の先輩方も異口同音に「森もしげおもすごいで!」とおっしゃっていたことを思い出します。コピーバンドが主流のK-ONの中で、オリジナル曲で勝負する餃子大王。その存在は異色でした。

ただ、僕は餃子大王には興味が持てませんでした。理由は3つ。
①パンクバンド?という印象。僕はパンクが好きじゃなかった。
②歌詞が下品な上に、ステージングも好きじゃなかった。
③K-ONでの派閥違い。僕は主流派の体育会系派閥だった。

加入の誘い

僕は大学6年間をK-ONで過ごしただけでなく、卒業後も1年間、学外部員としてフュージョンバンドを組んでいました。「K-ONもいよいよ引退やな…。」と思っていた1988年3月。突然、かずちゃんからの電話。当時のことだから家電?よく電話番号知っていたなぁ。

今度ヤマハのコンテストに出るので、餃子大王に入ってもらえませんか?一緒に武道館に行きましょう!」と熱く誘ってくれるかずちゃん。
「でも、餃子の音楽好きじゃないしなぁ。下品やん。」と僕。
「まあそう言わんと、一回スタジオに来てください!」
何度かのやりとりののち…。
「そしたら一回だけ見に行くわ」
「ぜひベースも持って!」

そうして向かった先は大阪市西成区。ハードコアやパンクなどエキセントリックな音楽で有名だった大阪伝説のライブハウス『エッグプラント』
「やっぱりパンクか…」と思いながら、聴かせてもらった(というかベースを弾かされた)曲の1つが「させて」。後日、NHK出演時には放送コードにしっかり引っかかりましたが、品のないタイトルとは違い、曲はポップなロックンロール。「ちょっと曲想変わったか?思ったほど悪くないな」というのが僕の感想。そのまま加入することにしたのでした。

YAMAHA BAND EXPLOSION

結局、「はだしのゲン」(中沢啓治先生の名作漫画をモチーフにした曲)で挑んだBAND EXPLOSIONでは世界大会に進むことなく、人気大賞受賞で終了。「ん?武道館は?」。

まあ、コンテストだっていうのに、ピンクレディーの名曲「渚のシンドバッド」(作詞:阿久悠先生、作曲:都倉俊一先生)をSEに、ステージセットとして持ち込んだ原爆ドームや平和の像(いずれも段ボール製 あかさん作)の後ろからポンポン持って登場したしなぁ。エントリー曲以外にも、なぜか「俺はジャイアン」(藤子・F・不二雄の名作漫画「ドラえもん」をモチーフにした曲)もやったしなぁ。そんなふうに好き勝手やっていましたので当然の結果ですよね。

でも、人気大賞の副賞だった合歓の里でのソノシートの録音・制作!楽しかった!ヤマハのモニターとして楽器の提供も受けました。僕はBB2000!そして、何よりも、バーボンハウスを始めとするライブハウスへの出演回数がどんどん増えたことが嬉しかった!その後、僕たちはバンドブームの強烈な追い風に乗り、ついに東京進出も果たしたのでした。

これからの餃子大王

2024年3月。メンバーの多くが定年退職を迎えます。30数年前、悩みながら選択しなかったメジャーデビューに僕たちは挑戦する予定です。

そう言えば、かつて情熱を持って指導した「沢池ミニバスケットボールクラブ」の横断幕には「夢に向かってLet’s Try!!」と入れていました。

もう一度メンバーと、そして変わらず応援してくださるファンの方たちとともに武道館を目指してみたいと思います。楽しいだろうなぁ(^^♪
さて、誰のバーターで出してもらおうか…。

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

またお越しください!

お待ちしています!