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校内組織(検証) #58

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

6月6日(月)。今日は、予報通りRainy Mondayになりました。相変わらず各地で線状降水帯発生の報道も…。せめてStormy Mondayにならないことを祈ります。
今週も素敵な1週間になりますように(^^♪

さて、今日のテーマは「校内組織(検証)」。「フィロソフィー(5/23)」から続くシリーズ第8弾&最終章(の予定)。Mちゃん代休のため、我が家は本日休日ですが、世の中は月曜日なので『教育』カテゴリーからのスタートです。最後までお付き合いください!

一読に要する時間は約4分40秒(僕計測)。よろしくお願いします。

自宅から車で8分ほど。自然と高層マンション。不思議な感じです。

僕たちの方針

・常により良い方法を追求する!
・短いスパンで成果検証を行う!
・検証結果に基づき取組を改善する!
・必要に応じ、目標の上方・下方修正を行う!

だから、職員会議はこんな感じでまとめていました。
「本日確認した方向で進めます。ただし、より良い方法が見つかった場合は、全体で確認の上、方針変更をする場合もありますので、よろしくお願いします」。

また、学校グランドデザインについても、「年度途中のマイナーチェンジもOKです。必要があれば見直してください」。

これは、僕たちがつくろうとしていた前向き文化です。

歩道には紫陽花が植えられていました。晴れた日の紫陽花です。

PDCAを回す

最近、国会答弁で「機動的に…」という言葉をよく耳にします。政府与党のお気に入りトレンドワードなのかもしれません。実際に政治が機動的であるかどうかはさておき、組織は機動的であるべきだと僕も思います。

もちろん、学校では熟議が必要な時もあります。過去に教育が政治的に利用されたことへの反省は決して忘れてはいけない。だから、熟議の文化は決して間違ってはいないのです。

しかし、熟議の目的は子どもたちの幸福への貢献です。「教え子を再び戦場に送らない」ことを含め、子どもの生命・学び・育ちを保障することが目的です。
だとすれば、より効果的な方法があるのなら機動的に対応するべきです。熟議を口実に課題を先送りすることは、あってはならないと僕は考えています。

Googleレンズによるとオオキンケイギク。これも歩道に咲いていました。

検証時期

検証時期は随時です。可能であるならば“今”行うべきです。
実際に、日々の授業・教育活動や学年の取組などについては、できるだけ短いスパンでの成果検証・改善を行っていました。
一方、各委員会の取組についてはある程度の活動期間がなければ成果検証そのものが困難であり無意味です。そのため、僕たちの学校では、半期ごとに中間決算を行う形からスタート。その後、学期ごとの検証に移行していきました。

検証軸

もう1つの課題は検証軸。これは「フィロソフィー(5/23)」に書いた通りです。
学校の命は教職員であり、教職員の成長こそが学校の成長です。ただし、教職員の仕事の成果は「子どもの姿」で検証すべきというのが僕の考え方。現場主義なのかもしれません。
なぜなら僕たちは学者ではなく、実践者だから。40年以上も前の話ですが、僕が教育学部ではなく教員養成学部を選んだ理由と同じです。

ちなみに、中間決算導入初期は「検証は感覚でいいよ」と伝えていました。子どもの姿からすれば、何%くらい達成できたと思うか…。実にいい加減で非科学的。信頼性と妥当性もですが、とりわけ客観性には欠けています。でも、初めはそれでよいのです。まずは、定期的に成果を数値化してみることに意味があります。

実際に、僕たちの学校の教職員は、工夫を重ね、少しずつ「自分たちが納得できる検証方法」を模索していました。たとえば、非認知能力の数値化など…。
実はこれが最大のポイント!教職員はまじめなので、結果に納得すれば、必ず改善に動きます。大切なのは動機!そこがクリアできれば、あとの行動は必然です。

ヒメジョオン。これもGoogleレンズの答え!ハルジオンとの見分けがつきません(^^;

学校の実態

ところで、なぜ僕がこんなことを考え、実践してきたかというと…。

僕が勤務した学校の多くは“年度単位”で動いていました。「年度当初に立てた計画は原則として年度内は有効であり、方針等の変更は次年度以降に行う」という感じです。

もちろん、各行事についてはその都度、成果検証を行っています。毎学期同じ取組をする場合には、年度内に改善する場合もあります。
でも、大きな方針・ルール変更については、年度内に議論を完了しておく必要があります。提案時期が遅れ、検討不十分の場合には、「来年1年間、しっかりと議論していきましょう」的まとめで、さらに1年後に先送りされることもありました。定期的にPDCAを回す必要があると考えたのはそのためです。

前向きな文化

しかし、これらはすべて学校だけの責任ではありません。学校を取り巻く環境は前向き文化の醸成を阻害する要因にあふれているのです。

たとえば学習指導要領。その意義やメリットについてはこれまでも書いてきました。しかし、国主導の一律な教育行政の在り方は、現場から意欲や思考力を奪うリスクをはらんでいます。
また、教育諸課題・問題に対する責任追及・訴訟の流れは現場を委縮させ、数十年間変わらない給与レベルと過酷な労働実態は現場から活気を奪います。
教職員が前向きにならない・なれない理由はいくらでも見つかります。

管理職の役割

ただ、教職員は本来、まじめで前向きです。硬直化しがちな職場、事なかれ主義の雰囲気の中で過ごしていると、チャレンジングな気持ちを失っていくのは当然です。だからこそ、まずは管理職自身がチャレンジ!

もちろん、イノベーションを目的とするのはNG!あくまでも検証軸は「子どもの姿」であり、そのための教職員支援へのチャレンジです。
教職員の使命感や自己有用感、自尊感情、所属意識に強く働きかけるための具体的な手立てづくりにチャレンジすることをお勧めします!みなさんのナイスチャレンジの結果、良い方法が見つかったらぜひ教えてください!よろしくお願いします!

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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教育

小学校の校長の仕事① #5

みなさんこんにちは。
『餃子大王』ベーシスト・学校経営コーディネーターの元公立小学校校長のじゅんちゃんです。
今日は教育カテゴリーの第2弾。僕が考える「小学校の校長の仕事」について書いてみたいと思います。

はじめに


一口に「小学校」と言っても、全く同じ学校なんてあるはずがありません。地域性や学校規模、公立・私立の別などの違いに加え、児童や教職員など構成メンバーも違います。そして、これらの違いは学校の強みや課題の違いにもつながるため、学校ごとに作成される学校グランドデザインにも違いが表れてきます。

そんな中で「小学校の校長の仕事」について書くということ自体が無謀であることは理解しています。上述の違いだけでなく、校長先生方それぞれがご自身の考え方を持っておられるだろうし、とても賛同していただけるような内容にはならない気がします。ましてや僕の校長としてのキャリアは僅か2校・6年間だけ。

でも、やっぱり僕が何をどんなふうに考えて校長業務に携わってきたかについて2回に分けてお話ししたいと思います。これから学校現場で尽力される校長先生方はもちろん、いつか、誰かに、ほんの少しでも役に立つことを願って…。
では、第1回スタートします。

校長の職務 法令によると…

学校教育法第37条第4項には「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」と書かれています。この条文は実際に校長が行う業務・職責を簡潔に書いたものです。

前半部分に書かれている内容は「校長は学校経営・運営上の全ての業務に対して責任と権限を持つ」ということ。
また、後半部分には「校長は自校に所属する全教職員の職務上および身分上のあらゆる行動を観察し、必要に応じて指導・助言や指示・命令を行う」ということが書かれています。
つまり校長は学校現場の最高責任者であり、教職員をしっかりと管理・監督することが職務・職責ということになります。

管理職という言葉に対する違和感

ここまでの内容については、特に大きな違和感を持つ方はおられないと思います。実際にそう書かれているし、書かれている内容にも大きな問題があるわけではありません。

学校は組織です。多くの学校には校長や副校長、教頭などの管理職がいます。民間企業を始めとする様々な組織にも管理職が存在します。どの組織の管理職も「業務をつかさどり、部下を監督している」ことでしょう。そう考えると、管理職的役割は組織の経営・運営に必要なポジションなのだとわかります。
でも、やっぱり少し違和感を感じてしまいます。

学校の命

2回シリーズの1回目は、同法第4項の後半部分である「所属職員を監督する」に関する考えを書きたいと思います。

子どもたちは学校の宝です。教育基本法によるまでもなく、すべての教育活動は子どもたちの人格の完成等を目指して行われます。その意味からも、子どもたちは紛れもなく学校の主役であり、その存在は尊重されなければなりません。

では、教職員はどうでしょうか?
僕にとって教職員は学校の命でしたし、実際にそう伝えていました。施設・設備や予算、教材・教具などの学校資源も大切です。しかし、学校組織最大の資源は間違いなく教職員!学校教育に限って言えば、教職員の存在なくして子どもたちの安全・安心も学びも育ちもありません。僕たち管理職、とりわけ校長にとって教職員はリスペクトの対象であっても、管理の対象ではありません。

僕は校長として、一般的な言葉の意味としての管理は行っていませんでした。反対に、最もやりたかったことは教職員一人ひとりが持っている力を十分に引き出すこと。そして、個々の力を学校力向上につなげることでした。
そのために、いろんな方法を考え実行しました。環境整備や条件整備、適切な助言や指導などの正攻法はもちろん、「ちょっとどうなのか?」というような微妙な作戦やオリジナルのアイディアなど、思いついたことはできる限り実行に移し、PDCAを回すように心がけていました。このあたりの作戦については、またいつかお話しできればと思います。

言いたかったことは1つ。学校教育法の言葉を短絡的に解釈して、教職員を四六時中見張るような管理・監督はしないでほしいということです。教職員は学校の命であり、学校経営・運営上、最も大切な仲間です。
もちろん時には服務に関する指導が必要なこともあります。しかし、教職員が校長を信頼してくれなければ、その指導は効果を発揮しないでしょう。教職員の最も身近で信頼される上司となるために考えることはたくさんあります。教職員一人ひとりに寄り添うとは?大切にするとは?リスペクトとは?配慮とは?

組織は複数の人がいるだけではなく、それぞれがつながりを持って初めて組織となります。すべての営みが信頼関係の上にのみ成り立つとするならば、校長が行うべき職務はおのずと決まるのではないかと思います。

今春、初めて管理的立場になった皆さん。「上司らしく威厳ある振る舞いを…」などと考えず、これまで通り、仲間を大切に、人のためにできることを考えてほしいと思います。皆さんがいきいきと輝くことで、周りの方々もますます力を発揮されることでしょう!少し力を抜いて業務に向き合ってください!応援しています!

今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

次回はシリーズ第2回。
「校務をつかさどる」について考えたいと思います。
またお越しください!お待ちしています!