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夏の水やり #607

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みなさん こんにちは!
JMP&餃子大王のじゅんちゃんです♪

今日は「夏の水やり」。
一読は約1分25秒(僕計測)です。

目次

【1】朝の水やり
【2】心の水やり

朝の水やり

最近始めたばかりの朝の水やり。
ほんの数回しかしていないし、外に出るまでは少し億劫。
まだまだ習慣化はできていません。

そんな朝の水やりですが、始めてしまえば話は別。
とっても気持ちがいいのです。

ちなみに、水やりの対象は…

まずは、Mちゃんが育てている野菜たち。
きゅうり、トマト、ピーマン、パプリカ、オクラ、ししとう、ゴーヤ、さつまいも、しそ、スイートバジルにブロッコリー。
先週収穫したじゃがいもエリアは、現在空きスペースで入居待ち。

他にも、両親が育てている鉢植え。
さらには、庭の植木たち。
ついでに、僕とMちゃんの車にも。

これは、水やりの時に泥がはねてしまうから。
そのため、車もさっと水浴びさせています。

心の水やり

朝陽を浴びて、キラキラ輝く水の粒がとってもきれい。
そして、思い出す教員時代。

管理職になるまでの20数年間。
学校ではほぼ毎年、水泳を担当。

学期中はもちろん、夏休みもしょっちゅう出勤。
もちろん、平日・休日も関係なし。
水泳指導に加えて、施設・水質管理をしていました。

なので、思い出は海でも川でもなく小学校のプール。
そこが僕にとって夏の水辺だったのです。

その頃、子どもたちに伝えていた“心の水やり”ということば。

茨木のり子さんの詩「自分の感受性くらい」からことばをお借りしてつくったキーワード。

妬みや諦め、そして言い訳…
そんな人間らしい感情を否定するわけではありません。

ただ…
心を柔らかく、しなやかに保つには、毎日、心に水をやり続けることが大切だと思うのです。

そうすることで、きっと自分にも他人にも優しい心が育つはず。
そう考えて、子どもたちに“心の水やり”を勧めていました。

今日も、たくさん水をあげた庭の草木は生き生きとしています。
僕も、次に向かって元気に動き始めたいと思います(*^^)v

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トライし続けること #212

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

今日のテーマは「トライし続けること」。
一読は約3分(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

同窓会は立命館いばらきフューチャープラザ店で(^^♪

自分を守る

「人生いろいろ」。誰かが失敗した時や物事がうまくいかない時によく言っていた言葉。
心がしんどくなっている職員には「命を削ってまでする仕事なんかないよ」と伝えていました。
「元気な時はストイックに!でも、無理やと思ったら、ぜ~んぶ他人のせいにしてやめるべき!もう終身雇用の時代ちゃうよ」なんてこともよく言っていました。

もともと“逃げること・諦めること”が得意な僕。その上、(ずる)賢い頭で合理的な理由づけも行います。『自分の感受性くらい(茨木のり子さん)』は僕へのエールでないかと思うくらい!
「ひとのせい」「友人のせい」「近親のせい」「暮しのせい」「時代のせい」はすべて使っていました。特に学生時代はその傾向が顕著だったかもしれません。

僕のイメージ

ただ、教員の僕は少し違いました。「できるかどうか」ではなく「伝えよう」「解決しよう」「育てよう」としたかどうか。特に、人権・生き方!「子どもの育ちと学びに必要であれば、あらゆる方法を模索しゴールに向かう」ことを大切にしていました。

ですから、教員としての僕のイメージはたぶん「アクティブ&チャレンジング」。いつも「何かいい方法があるはず」と考えていたので「諦めない人」というイメージもあったかもしれません。

と書くと、とってもポジティブに見えますが…。
「今年はもういい…と諦めた瞬間、二度とこだわれなくなってしまうのでは…」。そんな恐怖心に支配されていたのかもしれません。

同窓会会場へ。久しぶりのJR茨木駅(^^ゞ

行動強化

3年間の講師経験後、32年間の教員生活を続けた僕。教諭としても管理職としても、いろんなことにチャレンジさせていただきました。ここ数年はコロナ禍でできなかったことも多かったけれど、相変わらず簡単に諦めることはしませんでした。

たとえば、ずっと大切にしていた「子どもの学びと育ちに保護者の存在は不可欠」とする考え方。教職員と一緒にアイディアを出し合い、工夫を凝らし、独自の方法で学校行事や参観を開催。保護者の方々の喜んでくださる声が、次へのモチベーションと自信になっていきました。

すべての始まり

でも、それらの土台は講師だった頃のS小学校での経験。
当時の子どもたちが抱えていた悩みに応えられたかどうか。それは今も自信がありません。
でも、「みんなを大切にしたい」「だからこそ、一番しんどい子に寄り添いたい」と考えていましたし、伝えることをやめようとは思いませんでした。

あれから、まもなく33年。遠い昔の話ですが「わずか3ケ月。でも諦めない」でトライしたことが、自信となってその後の僕を支え続けてくれました。僕がずっと教員であり続けることができたのは、S小学校の子どもたちのおかげ。今もずっとそう思っています(*^^*)

昨日のS小同窓会。もう“教え子”なんて言えないほど立派になった人たちとの再会はとても素敵でした。わずか3ケ月の出会いなのに、こうして再び出会えることの不思議。ホントに感謝です。

同窓会会場!何と店員さんの中に最後の教え子が!うれしい再会!(^^)!

市のスタンス

ついでと言っては何ですが、コロナ禍で多くの学校行事が中止・延期になっていた頃の話。府下でも市町村により「一律中止」「すべて学校判断」など対応は様々だったようです。そんな中、僕たちの町では市教委と校長会が協議し、「市統一」「学校裁量」などを判断していました。

「成熟した議論だったか」「結論が尊重されたか」など微妙な面はあります。でも、僕たちが独自策を展開できたのは市のスタンスがあったからこそ!現場の意向を尊重してくれた市にも感謝をしています(^^♪

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ライフ

自分の感受性くらい #100

みなさん おはようございます!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

いよいよ5日後に迫った『おつかれサマータイムブルース 餃子大王 夜のワンマンライブ』。今日は午前10時から午後1時までの3時間、7/23(土)大阪・南堀江Knaveに向けての最終ゲネプロを行います。出発時刻は午前9時過ぎ。昨日よりも早い!ということで、本日も早起きしてブログ書いています。

さて、今日のテーマは『自分の感受性くらい』。日本を代表する詩人・茨木のり子さんの作品をご紹介したいと思います。と言っても、解説ではありません。茨木のり子さんとこの詩へのリスペクト&感謝のお話です。
一読に要する時間は約4分30秒(Mちゃん計測)。よろしくお願いします。

餃子大王Live

今回はKnave初の夜Live!午後6時30分から約2時間のLiveを予定しています。
演奏曲目を含めた詳細は当日のお楽しみですが、今回も内容は盛りだくさん!1980年代から応援してくださっている方にも、餃子大王Live初参戦の方にもお楽しみしただける曲とトークをご用意しています。

特に今回は、久しぶりの新曲をご用意!もちろん、僕たちの代表曲「わっはっは」も演奏します!
またまたコロナが増えてきたので“自由にコール&レスポンス”はできませんが、代わりに“コール&アクション”でお楽しみいただこうと思います。
また、Live終了後には物販タイムも予定。昼ライブよりは時間的なゆとりがありそうです。お楽しみに!

僕たちもライブハウスの感染対策基準を守りながら、安全で楽しいLiveをつくりたいと思います。ご協力よろしくお願いします!

出合い

僕が『自分の感受性くらい』という詩を知ったのは1998年9月21日。その日放映されたテレビドラマ『学校の挑戦』(ABC)の中で、主演の桜井幸子さんが読んでおられるのを聴いたのが初めてでした。
このドラマの舞台は北海道。全国各地から中退者・不登校生徒を受け入れている高校で繰り広げられる、実話をもとにしたお話でした。

この時、僕は36歳の現役教諭。僕の中では、いわゆる“学園ものドラマ”は「飛び出せ!青春」「われら青春」「ゆうひが丘の総理大臣」あたりで完結。それ以降の“学園もの““学校もの”ドラマは、「金八先生シリーズ」も含めて、ほとんど観ていません。

それはフィクションでも実話ベースでも同じ。「〇〇学校の実践」なんて話は仕事で山ほど聞いているので、そんな言葉に惹かれることもなかったはずです。ですから、視聴した理由はテレビドラマ『高校教師』(TBS)以来の桜井幸子さんファンだったから…そんな程度なのかもしれません。
ちなみに僕は『高校教師』を“学園もの““学校もの”に分類していません。

自分の感受性くらい

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

(茨木のり子詩集 『自分の感受性くらい』1977年より)

キーワード

この詩から大きな影響を受けた僕が、クラスの子どもたちに伝え始めたキーワードが「心の水やり」です。
それまでも、人権教育・集団づくりを中心とした「心の教育」に取り組んでいた僕にとって、これほどシンプルで分かりやすく、子どもの心に響く言葉はありませんでした。
これから長い人生を歩んでいく子どもたち。自分の心にたっぷりの水をあげることを忘れず、豊かな人生を歩んでほしい…。いつもそう考えながら、あらゆる場面で「心の水やり」の話をしていました。

子どもたちもこの言葉が大好きで「心の水やり」という名詞的な使い方以外にも、「心に水をやりしよう」「心に水をいっぱいあげたよ」など、様々な使い方で活用してくれていました。
みんなで何かをする時には必ず登場する大切な言葉。これは、僕が学級担任をしていた2010年度まで続きました。

ピンチの時にも

ただ、当然ベースは『自分の感受性くらい』。
1926(大正15)年生まれで、戦前・戦中・戦後をたくましく生き抜き、2006(平成18)年にその生涯を閉じられた茨木のり子さんの世界です。

『自分の感受性くらい』の中の“自分”は、様々な状況にあっても、決して諦めたり責任転嫁をしたりすることを望みません。“人間の尊厳”を守ること。それはメタ認知による強烈な内省。厳しい状況下にあっても、常に前を見て、しなやかに生き抜き、豊かな人生を切り拓いていく…。まさに、人生の応援歌!最大の愛情を込めた“ばかものよ”には、自分への深い理解と愛情を感じます。僕には、そんなふうに思えます。

ただ、小学生にとっては、難解な言葉の連続。人生のキャリアから考えても、ピンとこない部分がたくさんあります。それでも、僕が子どもたちに伝えたいのは「日頃の水やり」だけでなく「ピンチの時の水やり」も!
だから、子どもたちが悩んでいる時やクラスがピンチの時には、あえて「自分の感受性くらい」の全文を伝えていました。もちろん、「今、ヒントになれば」と思ってのことですが、そうでなくても「いつか役に立つ」と思っていたからです。

人生のスタンス

人生を振り返ると、僕自身が『自分の感受性くらい』を目標に生きてきたことに気付きます。
「子どもに伝えることは自分もする」というのもありますが、この詩に関してはそうではありません。
すべてはこの詩の世界観へのリスペクト。「僕もこんなふうに生きてみたい!」という強い憧れです。「できない理由を探すのが嫌い」で「どうすればできるかを考えたい」と願う自分は、『自分の感受性くらい』に育てられたのだと思います。

このブログも今回で#100。当初立てた目標「3か月毎日更新」と目安にしていた「100本」の更新作業をまもなく終えます。“初心消えかかる“時もありましたが、何とかやりきることができて、少し晴れやかな気持ちになっています。ほんの小さな一歩ではありますが、自分の感受性を自分で守った自分をほめてあげようと思います。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!