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学校教職員の職務と責任 #421

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今日は「学校教職員の職務と責任」。
一読は3分弱(僕計測)です。

目次

【1】学校プールのトラブル
【2】職務
【3】教育立国
【4】管理・監督責任

学校プールのトラブル

9/29付の朝日新聞朝刊・大阪版。
三面に「学校プールの水 流出の責任誰が」の見出し。

今年5月に川崎市で起きたトラブルに関する記事です。

市教委は損害額約190万円のうち、半額約95万円を校長・教諭に請求。
9月に校長側が支払ったようです。

教員への請求の根拠は、職務遂行にあたり重過失があったこと。
そして、校長は管理・監督責任を問われたようです。

ただ、このようなニュースを見聞きするたび、いつも思うことがあります。

職務

たとえば、GIGAスクール構想の導入。
よりよい学校教育を創っていくために僕自身は大歓迎でした。
ただ、コロナ対策として急ピッチで導入されたことを除けば…です。

日常が失われた中でも、子どもの育ちと学びを保証しようと頑張っていた教職員。
子どもたちのケア、育ちと学びの保障、消毒作業や保健所等とのやりとりに手いっぱいの毎日。
「子どものために」という思いがモチベーションでした。

そんな中、学校に届いた大量のタブレット端末と周辺機器など。
何と「初期設定や維持管理は原則、学校で」との指示!

「これ以上、教職員にさせられない!」
「そもそも施設・設備の充実は行政の仕事!」
「教員の業務は施設・設備を活用して豊かな教育活動をつくること!」

市教委に対して何度も主張したことを思い出します。

教育立国

教育立国を目指している(らしい)日本。
でも、国が言う教育立国ってどんなイメージなのかな。

教員OBの僕の感覚で言うと・・・。
新たな社会課題が見つかるたびに、教育課題が増えるイメージ。
現実に「〇〇教育」は増えています。

ついでに言うと…。
「学校教育活動に関わるものはすべて学校教職員業務」という感じ。

だから、プールもGIGAも遊具も通学路もすべてが対象。
街中に出没するサルもクマも不審者も。

よく言われる「チーム学校」という言葉。
でも、メンバー不足。

何て言うか、外野を一人で守っている感じ。
時には、ベンチ・フロント業務も。
さらにはグランドの維持管理まで?
なのに、エラーしたと叱られる。

今回のトラブル。
重過失かどうか以前に、そもそも本来担うべき職務なのか?
僕はそこから疑問なのです。

管理・監督責任

さらに言うと…。
「それも管理・監督責任を問われるの?」という感じ。

どんなに気をつけていても、何度指導しても、ヒューマンエラーはなくならないのに!
中には、犯罪だとわかっていて罪を犯す人だっているのに!

その都度、責任を問われるとすれば、職員も管理職も一体何のために働いているのか?
そんなことさえ分からなくなってしまう気がします。

数億・数十億・数百億円の損害を与えていても、責任を感じていない人っているのに。
「誰が幸せになるのだろう」と思うような税金の使い方をしている人だっているのに。

それなのに庶民は?
「本務?」って仕事をさせられた挙句、ミスを重過失だと指摘され、多額の賠償請求まで…。
何か変…とずっと思っています。

行政がすべきことは、人を支援するシステムづくり。
ヒューマンエラーを限りなくゼロに近づけるための工夫に税金を使ってほしいです。

司法がすべきことは、行政への助言指導。
様々な事件・事故・トラブルの再発防止のために、豊かな知識や経験を生かしてほしいです。

蛇足ですが…。
近代水泳発祥の地で体育科を研究していた僕。
「水泳指導をなくす」ことは望んでいません。
願いは、教員が安心して指導に集中できる環境が整うこと。
そうすることで初めて、子どもの育ちと学びに寄与する水泳指導の実現が可能になるのです。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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教育

教員はゼネラリストか #246

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みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王Bassistじゅんちゃんです♪

今日は「教員はゼネラリストか」。
一読は約3分(僕計測)。
よろしくお願いします♪

写真と本文は無関係です(^^ゞ

目次

【1】学校の現状
 ①求められる役割
 ②求める対象
【2】学校の限界
【3】学校の見直し

学校の現状

求められる役割

「教諭は、児童の教育をつかさどる(学校教育法第37条)」。

つまり、小学校教員の主たる職務は教育活動。
教科中心の学習指導を軸に、特別活動・道徳教育・生徒指導などを通じて、児童の人格の完成をめざします。

加えて、日本では、教務・非常災害時の業務なども教員の職務とされています。

さらに、近年はいじめ・虐待等、自然災害、学校管理下の事件・事故が起きるたび、その対応も学校に求められるようになっています。

そのため、教員の職務範囲はさらに拡がり業務量増加!
どうやら教員にはまるで「ゼネラリスト」としての活躍が期待されているようです。

でも、「ゼネラリスト」ってそんなに簡単になれるものなのでしょうか?

写真と本文は無関係です(^^ゞ

求められる対象

教員免許はあくまでも「現場に出て良い」という許可にすぎず、活躍を保証するものではありません。
民間企業でも、「入社後すぐに大活躍」という社員はほとんどいないでしょう。

教員の場合、個々の志望動機は別として、まずは学習指導・生徒指導に集中するべき。
企業でいえば、まずは配属された部署・チームでがんばることと同じです。

そうして着実に力をつけ、「ちょっとしたスペシャリスト」になり、さらに経験と実績を積み、視野を広げていくことが大切です。

この「ちょっとしたスペシャリスト」としての実績を多方面で積んだ人が「ゼネラリスト」。

ですから僕は「ゼネラリスト」を「広く浅い何でも屋」とは思っていません。「ゼネラリスト」こそが、組織全体を指揮できる人だと思っています。

ただし、「ゼネラリスト」でさえ、時に「その道のスペシャリスト」の力を必要とすることがあります。

写真と本文は無関係です(^^ゞ

学校の限界

「いじめ」「虐待」「地震」「津波」「火災」「食物アレルギー」「不審者」などへの対応。

どれも子どもたちの生命にかかわる重要な課題です。
教員が関わらないというのは間違いです。

しかし、教員はこれらの「スペシャリスト」ではありません。

また、時に必要となる
「特別な権限」
「専門的な知識・技能」
「ソフト・ハード面の充実したシステム・環境」
も教員には与えられていません。

ですから、警官や裁判官、医者と同じことはできません。
福祉や建築の専門知識もありません。
判断すらできない時もあります。
対応しようにも、必要なツールすら持ち合わせていません。

ですから、教員が長い年数をかけて「ゼネラリスト」になったとしても、それは「学校であらゆる対応が可能になった」ということを意味するわけではありません。

写真と本文は無関係です(^^ゞ

学校の見直し

何か起きるたびに、学校教育に多くのことが求められてきました。

もちろん、中には学校が“現場”である事件・事故・事象もたくさんあります。
しかし、すべてが学校にだけ責任があったわけではありません。

むしろ学校は社会の縮図にすぎません。

引き続き、学校に多くを期待するのであれば、「教育のスペシャリストである教員」に加え「各種のスペシャリスト」の配置がマスト。

学校を「小さな社会として再構築」することが必要です。

そのような組織を経営・運営する際に必要になるのが「ゼネラリストである教員」です。

学習指導要領を含め、現行システムが限界に達している今。

引き続き、学校教育に多くの役割を期待するのであれば、教育内容の削減・見直しとともに、組織の大幅補強が必要なのではないかと僕は思います。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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