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宿題を考える② #90

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

今日のテーマは「宿題を考える②」。
昨日は、僕が「宿題なし」を主張している理由を、「学校・教職員」サイドから書きました。本日は続編。
主に「子ども・家庭」サイドから考えてみたいと思います。最後までお付き合いください。
一読に要する時間は約5分(僕計測)。よろしくお願いします。

宿題のパターン

学校によっては宿題の質・量を工夫している場合もあります。でも、中には「出すルールだから」「何が出せる?」なんて感じで無理やり考える場合も…。あぁ、これは教職員サイドの問題です(^^;
そんなプロセスを経て出された宿題。公教育ですから、難易度・量ともに学力中間層の子どもたちを基準にしたものになっていることが多いです。

子どもへの影響

そうすると、学力上位層にはすでに定着済みの課題ばかり。そのくせ15分×学年の量ですので、学力上位層と言えど、それなりに時間はかかります。特に、漢字の練習など!
新たな気づきに出合う可能性が限りなく低い学習。「やる意味」を感じないまま、ただこなすだけの毎日が及ぼすマイナス影響は実に深刻です。

一方、学力低位層にとって、日々の宿題は超ハードタスク!質・量を軽減されるのも自尊心が傷つく…。
来る日も来る日も「わからない」まま受け続ける5~6時間の授業と、それを乗り越えた後に待っている大量の宿題。これ以上、何を頑張れと?ちゃんとわかるように教えてもらえていないのに、家に帰ってひとりでできるはずがありません。
ついには「宿題できてないから学校に行きたくない」となるケースも出てきます。朝から親子バトル…こんなパターンもありませんか?

最後に学力中間層の子どもたち。
宿題の基準となる子どもたちですから、まじめに取り組みさえすればこなせます。一見、デメリットなんてなさそうですが、実は“こなせる”という点が問題です。

学校から出された宿題を毎日きちんとこなすことで「宿題さえやれば大丈夫」的発想になってしまうリスクがあるのです。現に、宿題をタスクとして処理した後は、何もしない子が大勢!
「指示待ち」「指示通り」「体裁のみ」など、日本の子どもたちが抱えている課題の原因は、案外こんなところにあるのかもしれません。

環境と特性

家庭の事情が子どもたちの宿題に影響を及ぼすケースがあります。
家には宿題をする場所も時間もないという子どもたち。プリント広げれば幼いきょうだいが破ってしまう。上のきょうだいが友達と大騒ぎしている。仕方がなく自分はアパートの階段で宿題…という子もいました。

ASDやADHD、LDなど発達障害等による子どもの特性も関係します。
たとえば、「いくら書いても文字が覚えられない」という子もいます。ルーティンワークがすべての子に有効なわけではないのです。そのような中で身につく力と言えば、せいぜい「意味を問わずにやりきる力」くらいではないでしょうか?
子どもとは言え、限りある命。何事も無駄なく…とは思いませんが、意味のないことに時間と労力をかけるのはあまりにもったいない。一人ひとりの特性や個性に応じた学び方を考える時代です。

家庭教育力

家庭・地域の教育力低下は大きな社会課題です。
国・自治体は地域コミュニティの活性化、生涯学習社会の構築など、さまざまな方策を打ち出していますが、その成果は微妙な感じです。
また、何か事件・事故が起きると「学校教育に期待と責任」を押し付けるばかりで効果的な手立てを打つ様子は見られません。いつも、学校現場に指示するだけ!
たとえば、ネットトラブルなどは、むしろ家庭・社会に原因・責任がある場合がほとんどなのに!

このような国・自治体の姿勢は「学校が何でもしてくれますよ」というメッセージとして保護者に伝わります。
それが、「過保護」「過剰期待」「放任」など…虐待未満の課題の一因になっているかもしれません。
子どもの安全・安心の確保、学びと育ちの土台は家庭にあります。保護者としてどのように子どもに接すればよいのか。どう接すれば子どもたちの心身が健やかに育まれるのか。それらを保護者自身が考えることこそが何よりも重要なのです。

学校が「宿題」というシステムで家庭学習・家庭教育の一部までカバーしようとすること。それが、保護者の思考力・教育力の低下を引き起こすことにつながっていないか…。僕は心配しています。

社会の課題

“共働き”“鍵っ子”が流行った1960年代。あれから50年以上が経過。核家族、共働き家庭、一人親家庭の増加など、社会の様子はずいぶん変わりました。ただ、社会進出する女性が増えた一方で、保護者が育児に専念できる条件は未整備のままです。

まず問題は「育児は女性の仕事」とする社会の風潮が変わっていない点。女性によるワンオペがまだまだ一般的です。育児参加をする男性でもせいぜい“手伝い・協力”どまりの状況です。

さらに大きな問題は、働く理由の問題。
共働きを含む、女性の社会進出はジェンダーフリーなど、前向きな考え方に支えられてきました。
しかし、現実には、自己実現や社会貢献ではなく、経済的事情により“働かざるを得ない”という保護者が圧倒的多数です。
どうしてこんなに長時間労働をしないと経済的に自立できないのでしょう?大切なわが子と心穏やかに向き合うことができないほどに!

国や自治体には、家庭・地域教育力の向上や生涯学習社会構築をいう前に、そして、学校現場に指示を出す前に、根本的な社会基盤の整備を行ってほしいと思います。
そもそも家庭・地域教育力がなぜ低下したのか?
それは庶民に厳しい社会構造が原因です。自分のやりたいことはおろか、家庭や地域での役割を果たすことすら困難な状況。そのような状況改善こそが家庭教育力向上の最良の方法だと僕は考えます。

追記

もちろん「宿題にはメリットがない」とは言いません。ただ、常に自分たちの営みは最適なのかを問い続けることは重要です。その中で「やめる」「個別最適な課題を提示する」など、学校・地域の特色が生かされた、子どもにとって意味のある学習が実現されていくのだと思います。これからも、たくさんの当たり前について、時々立ち止まって深く考えることができるといいなと思います。

でも、まずは高校受験、考えて欲しいなぁ。大学はAO中心になってきているようですよね。高校受験も変わるかな?まぁ、大学入試も10年後はどうなっているか、わかりませんけどね(^^;)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
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校内組織(目標) #48

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

昨日は久しぶりの雨。そのせいか今朝の空気は少し澄んでいました。でも来週はまたまた雨マークが…。いよいよ梅雨?通勤・通学が大変になりますね。しかも、蒸し暑くなって熱中症の危険度もアップ。みなさんお気をつけください。

さて、本日のテーマは「校内組織(目標)」。 「フィロソフィー(5/23)」「組織づくり(5/24)」の続編です。先日ご紹介した僕たちの学校の『研究推進委員会』を具体例に、組織ごとの目標設定についてお話ししたいと思います。最後までお付き合いください。
一読に要する時間は4分30秒(僕計測)。よろしくお願いします!

縦割構造

簡単に復習をします。僕の知る限りでは、校務分掌組織が縦割構造になっている学校が多いです。それぞれの委員会にはその道の専門家的人材(人権の専門家、学力の専門家など)がいることも多いです。それぞれの委員会は独自の目標・研究テーマに向かって一生懸命に取組を進め、それなりに成果も上げています。
ただ、委員会間の連携が足りない気も…。それぞれの頑張りが学校としての大きな成果に結びつきにくい。そんな気がします。

もちろん、どんな組織でも、組織の存在意義と無関係な目標を設定することはありません。ただ、教育の世界は個別の課題が多く、それ自体が十分な研究対象となります。
たとえば、授業づくりでは国語、算数…などの各教科等。
たとえば、人権で言えば、人権三法に見られる「障害・本邦外出身者・部落に関する差別」や「平和」「ジェンダー」など多種多様な課題。
どれも教育課題ですから、各委員会がどの課題を研究テーマとしても間違いではありません。ただ、この正当性が微妙な縦割構造を生み出す原因にもなっています。

委員会目標

では、間違いではないのだから、個人の判断で(もっと言えば好みで)研究テーマを選んでもよいか?もちろん答えはNOです。
組織づくりでお話ししたように、僕は「委員会は学校目標への貢献のために設置する」と考えています。ですから、委員会ごとの目標・研究テーマについても、学校全体の目標に迫るものでないといけないと思っています。

ポイントは上位目標である学校のフィロソフィーと目標(ゴール)。
「私たちは教職員としてどんな学校をつくり、どう社会に貢献するのか。」
「そのために、今何をめざすのか。」がきわめて重要です。
フィロソフィーや目標を共有することで、教職員の力・業務は一点に向かって集約されます。教職員の力を無駄づかいしないというのは、こういう意味です。

校長の仕事

フィロソフィーや目標を明記した学校グランドデザインを作成・提案するのは校長の仕事です。でも、僕は一貫して教職員の思いを尊重することや教職員全体で納得・共有することを主張してきました。そのための共通言語づくり・ブランディングについては、このブログでも触れてきました。校長はこれらを踏まえたうえで、学校GDを作成・提案しなくてはいけません。フィロソフィーや目標を共有するためには、共有したいと思えるフィロソフィー・目標づくりが必要なのです。

校長の肩書=権力で統治しようとする「力のガバナンス」ではなく、共有・共感をベースにした「緩やかなガバナンス」。それこそが、協働的な校内組織づくりの第一歩だと僕は考えています。

学校UD化計画

僕たちは「学校UD化計画」をもとに研究体制づくりを行いました。中心となる『研究推進委員会』は「人権」「支援」「学力」「特別活動」の4委員会で構成。それぞれが担当領域や強みを生かして「学校UD化」に貢献することを考えました。

まず、すべての基盤と考えたのが「人権」「支援」の視点。
「人権」では集団づくりUDをテーマに良好な人間関係づくりをめざしました。
また、「支援」では学習環境づくりUDをテーマに、しんどさを抱えた“あの子”も安心して学べる環境づくりに取り組みました。一般的によく見るハード面でのUD化だけでなく、言葉かけなどソフト面でのUD化も研究していました。

そして、この基盤の上に成立するのが「学力」と「特別活動」の2委員会。
「学力」では授業づくりUDをテーマに、教科・領域の学習を通して、児童の資質・能力を育みました。特にエンパワー層の子どもの姿をイメージ。つまずきポイントを予想し、授業計画を作成しました。また、2年前から子どもの思考を助けるために「思考スキル・ツール」も導入。関西大学初等部の石井芳生先生に学びました。

「特別活動」は、活動づくりUDがテーマ。「人権」「支援」を基盤に「学力」で身につけた力を、実生活の場面で活用できるようにすることが目標です。学校・学年行事や委員会・係・当番活動など、子どもたちがチャレンジできる場面を数多く設定しました。

校内委員会には『研究推進』以外にも『専門』をはじめとする他の委員会がたくさんあります。これらの委員会も含め、どのように連携していたのか。そして。効果検証はどのように行っていたのか。この点については、また続編でお話ししたいと思います。

追記

これまで、教育の話題の多くは校長先生をメインターゲットにして書いてきました。でも、実はほとんどの内容は、僕が教諭・担任時代に考えていたことです。ですから、「校長→担任」「教職員→子どもたち」や「校長→チームリーダー」「教職員→チームメンバー」のように読み替えていただくことも可能です。
担任としての学級づくりやミドルリーダーとしてのチームづくりに役立てていただけると幸いです。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
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