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憧れのチューリップ #165

みなさん こんにちは!
『Rockin’ Teacher 餃子大王 JUN’s club』へようこそ!
餃子大王・ベーシストのじゅんちゃんです(^^♪

先日、NHK総合で放送された『僕の“最後の歌”を届けたい~財津和夫TULIPラストツアー~』を観ました。と言っても、視聴したのは番組後半部分だけ。「YouTubeでダイエット」をしようと思ってベッドルームに行ったら、Mちゃんがたまたま観ていたという話です。最初から観たかったなぁ。というか録画しておけばよかった(^^;

ということで、今日のテーマは「憧れのチューリップ」。
一読に要する時間は約4分30秒(僕計測)。よろしくお願いします(^^♪

出会い

チューリップ先輩との出会いは「ロックかな?#32」で書いた通り、たぶん中学1年生の頃だったと思います。それまでにもフォークロックと呼べるバンドはあったのかもしれません。でも、僕の中ではチューリップ先輩が第1号のフォークロックバンド。
初めて聴くのにどこか懐かしさを感じるサウンド。当時の自分よりも少しおとなの世界を感じる歌詞はどこか甘酸っぱくもありました。長めの髪やデニムファッションもテレビに出ていた歌手の方たちとは違う感じ。そして、何よりもバンドという形態。「これもアイドルなのかな?」。そんなふうに思った記憶があります。

中学時代

僕がチューリップ先輩の曲を一番よく聴いていたのは中学時代。1974年頃から数年間、「ブルースカイ」が発売された頃までがピークだったと思います。
ただし、アルバムはもちろんシングルレコードでさえ買うお金はなかったので、もっぱらラジオから流れてくる曲を録音して、繰り返し聴くというパターン。両親に買ってもらったお気に入りのAIWAのラジカセが大活躍してくれていました。だから、知っている曲もほとんどはシングル曲。アルバムにはいろんなタイプの曲が収録されているのですが、当時の僕はラジオから流れてきた曲しか知りませんでした。

それでも、気に入った曲があると、すぐに歌ってみたくなる当時の僕。中学時代はピアノの前に座ったとたんにツェルニーもハノンも無視!ピアノ伴奏譜やコード譜を見ながら適当な弾き語りを開始!チューリップ先輩はもちろん他のお気に入りアーティストさんの曲を歌いまくっていました。時にはピアノをフォークギターに持ち替えて歌うことも♪この傾向・趣味は高校を卒業する頃まで続いていたような気がします。

そんな僕が当時大好きだったチューリップ先輩の曲をご紹介します。ただし、“好きな曲いっぱいで書き切れない&順位はつけられない”ので「よく弾き語りをしていた歌」というカテゴリーでご紹介します(^^)/

青春の影

とっても好きだった曲の1つが「青春の影」。作詞・曲は財津和夫先輩です。
「君の心へ続く 長い一本道は いつも僕を 勇気づけた…」から始まる1番。その終わりは「自分の大きな夢を追うことが 今までの僕の仕事だったけど 君を幸せにするそれこそが これからの僕の生きるしるし」。素敵な歌詞ですよね。穏やかで、でも力強くて…。ゆったりとした曲想にぴったりフィットした歌詞。「それこ~そが~」のところが高くて裏声でギリギリでしたが、とっても大好きな曲でした。

ところで、2番の最後の歌詞。「今日から君はただの女 今日から僕はただの男」から「これって別れの歌?」という解釈もあるそうです。でも、僕は一貫して「ハッピーエンド」派。夢も仕事も横に置いて、様々な肩書も脱ぎ捨てて「ただの人として向き合う思い」を歌った歌だと思っています。
でも、もちろんどんな解釈でもOK。自分にとって一番フィットする解釈で良いのだと思います。

悲しきレイン・トレイン

高校時代だったかな。バンドでベースを弾いたことがある曲が「悲しきレイン・トレイン」。この曲も作詞・曲は財津和夫先輩。
短いドラムのフィルインのあとはすぐにサビ。そして繰り返される「It’s Rain Train」というコーラスがとても印象的な曲です。
サビの歌詞は「雨降る中を ただ汽車は走る 今この僕に 恋はできない」。そこから続く1番は「これから僕はひとりきり 人生の長い旅に出る そこはとても寒い街らしい 海の見えない街らしい」という歌詞。
「青春の影」とは反対で、夢を追うために恋を諦め、好きな人のもとから去っていく若者の歌のようです。

メジャーコードをベースに時折7thの音やマイナーコードを織り交ぜた曲は、希望とさびしさが混じりあう何とも切ない曲想。でもそこから続くサビ部分は淡々としたリズムパターンが強い決意を感じさせる。そしてドラマチックな転調で迎える間奏。

さびしい歌詞なのに、どこか明るい気持ちにさせてくれるこの曲のポイントは2番最後の歌詞。
「やがて時が訪れて 僕の夢をつかんだら その時に君に手紙を出すよ 東京行きの切符を入れて」。
僕はこの部分が大好きです。「悲しきレイン・トレイン」なのにそこに明るい希望を感じるのは、たぶんこの歌詞のおかげ。人生いろいろあっても前向きにがんばろうと思わせてくれる歌です。

青春の色

大好きな曲がいっぱいある中で、高校生の頃、特に歌詞に惹かれた曲の1つが「青春の色」。これも財津和夫先輩が作詞・曲を書かれた曲。特に気に入っていたのが「めぐり逢い 別れゆく 愛し合い 憎んで 誰もが傷つかずゆく 青春はない」という最後の歌詞。

思春期?ヤングアダルト?鬱屈した純粋さ。孤独と親密。相容れない2つの要素を併せ持っていた当時の僕には、とても衝撃的な歌詞でした。その気に入り方は異常なほどで、ほぼ「青春の色」信奉者!この歌詞に影響されて、それっぽい詩を作っていたことを覚えています。もちろん、ハイネでもゲーテでもなく「青春の色」的。そのくらい僕にはインパクト抜群の歌詞でした。

他にも…

5曲くらいは紹介できるかなと思って書き始めたのに、もう2500字オーバー!ダメですね(^^;
ということであとは駆け足で!

まずは、「あのバスを停めて(作詞・安部俊幸先輩、作曲・姫野達也先輩)」。映画の1シーンのような歌詞と印象的なピアノのフレーズ。僕にとってはとても大切な思い出の曲です。

そして、「夢中さ君に(作詞・曲は財津和夫先輩)」。登場する「僕」と女の子である「君」はおそらく大学生。高校生だった僕にはちょっと背伸びした大人っぽい歌詞。ノリノリでご機嫌なバンドサウンドとワクワク・ドキドキする歌詞!まさに明るい青春グラフィティ!大好きでした。

他にも紹介したかった曲はたくさんあります。「心の旅」「サボテンの花」「銀の指輪」「魔法の黄色い靴」…。書き出したら切りがないくらい!また機会があれば書いてみたいと思います!
でも…他にも好きなアーティストがたくさんいるしなぁ。どうなることやら(^^;

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
感想・コメントも大歓迎!
またお越しください!
お待ちしています!

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音楽

ロックかな? #32

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は5月11日(水)。予報通りの雨の朝。
そろそろ梅雨入りするのかなぁ(T_T)
1年のうちで最も苦手な季節の到来です。早くスカッと晴れ渡る青空と夏らしいもこもこの雲が見たいです!と言っても、夕立やゲリラ豪雨はもちろんNO!NO!
夏休みの解放感とリンクする夏の雲が好きなだけです♪
って、365日が休みですけどね(^^;

さて、今日のテーマは夏休みによく行った僕のいなか、九州にまつわるお話です。テーマは「ロックかな?」。もちろん『音楽』カテゴリーです。どうぞお付き合いください。
※一読に要する時間は約4分30秒(僕計測)。

道端のマーガレット(I本君のFacebookより)いつものように和んでください(^^♪

僕の音楽的生い立ち

以前にも書いた通り、僕は昭和歌謡や童謡を聴きながら幼少期を過ごしました。そして、ロックとの出合いは高校2年。以来、Free、Zeppelin、Purple、Eaglesなどロックバンドの曲を聴き、ベーシストとしての自分のプレイに大きな影響を受けました。さらに、P・ロジャースをきっかけにR&BやBluesとも出合い、音楽の幅を広げることもできました。

ただ、高2でロックと出合う直前に聴いていたのは、いわゆるフォークソングやニューミュージック。イメージ的には、繊細・知的って感じのさだまさし先輩やオフコース先輩、小椋佳先輩などが中心です。(例外的にアリス先輩は聴いていた)
なので、どちらかと言えば大音量のロックは苦手だと思っていました。その僕が、どうして違和感を持つことなくロックの世界に入っていったのだろう。ふと疑問に思って、いろいろと思い出してみました。

中学~高校時代の弾き語り用ノート。さだ先輩とオフコース先輩が隣り合わせ(^^♪

いとこの存在

これも以前書きましたが、僕の両親は九州・熊本の出身です。子どもの頃の僕は長期の休みになると、しょっちゅう人吉市や熊本市に泊まりに行っていました。もちろん、熊本から大阪に遊びに来るいとこ達もいました。

仲良くしていたいとこ達のほとんどは僕よりも年上で、いろんな影響を与えてくれました。情報源はもっぱらテレビ・ラジオだった僕にとって、テレビ・ラジオ以外の音楽情報や若者文化を教えてくれるいとこ達の存在はとても貴重でした。

そのいとこの影響で出会った2組のミュージシャン。この先輩たちとの出会いが僕とロックをスムーズにつなげてくださったのではないか。僕はそんな仮説を立てています。ただし、何をもってロック的要素有りとみなすかは人それぞれ。「えっ?」という疑問があってもご容赦ください。

人吉での出合い

父の実家は人吉です。今は廃業しましたが、以前は大きなスーパーマーケットを数軒経営していました。僕は、この人吉というのんびりした土地柄が好きで、休みごとに長期滞在していました。そして、そのたびに新譜のレコードを聴かせてくれるいとこ達。その多くの曲の中で最も衝撃を受けた曲が「断絶」。九州・福岡出身の井上陽水先輩の曲です。調べてみると「断絶」のリリースは1972年5月。小6の夏、初めて陽水先輩と出会ったということになります。

とにかく聴いたことのないサウンド。曲も歌い方も!かっこいい陽水先輩に憧れた僕は、それ以来、かぐや姫先輩派にも吉田拓郎先輩派にも属さず、陽水先輩派一筋でした。高校の頃まで「東へ西へ」「氷の世界」「青空ひとりきり」「闇夜の国から」などをよく歌っていました。(もちろんKeyを下げて)

陽水先輩!右側が1冊目のノート。原点です♪

大阪での出合い

母方のいとこは女の子が多く、何となくアイドル志向だったように思います。当時の音楽シーンはアイドル全盛期。『新御三家(郷先輩・西城先輩・野口先輩)』や『花の中三トリオ(山口先輩・森先輩・桜田先輩)』がいつもテレビに出ていました。僕も歌謡曲が大好きで、付録の歌詞本目当てでアイドル雑誌的な『平凡』と『明星』を買っていました。どこの出版社だったのだろう?平凡出版と集英社かな?

そんな僕にいとこが聴かせてくれたのが、テレビで見るアイドルの曲ではない「心の旅」と「魔法の黄色い靴」。同じく九州・福岡出身のチューリップ先輩の曲です。陽水先輩との衝撃の出合いから約1年後のことです。おそらくGS以外で初めて聴くバンドの曲に、またまたカルチャーショック!歌が大好きでピアノやギターを弾いていた僕が、吉田彰先輩ではなく、財津和夫先輩や姫野達也先輩に憧れたことは言うまでもありません。その後も、「せめて最終電車まで」「青春の影」「あのバスを停めて」などをよく歌っていました。
※「夢中さ君に」は「魔法の黄色い靴」の誤りでした(^^;

チューリップ先輩!左側が1冊目のノート。ピアノ譜です(^^♪

ロックへの憧れ

井上陽水先輩とチューリップ先輩の音楽との出合いが、僕をロックへスムーズに移行させてくれたのかもしれません。もしかすると、他にも当時の僕の音楽志向に影響を与えてくださった先輩方がいるかもしれません。また、ふと思い出した時にはみなさんに報告したいと思います。

今、レッスンルームに流れているのはチューリップ先輩の「サボテンの花」。コロナの終息もまだまだ不透明。心配なことや疲れることもたくさんありますが、明日は今日より素敵な日になると信じて、一歩一歩前進しましょう!餃子大王も夏のライブを計画中!またみなさんにお会いできる日を楽しみにしています(^^)/

この長い冬が おわるまでに
何かをみつけて生きよう
何かを信じて 生きてゆこう
この冬が おわるまで
(作詞・作曲 財津和夫 「サボテンの花」より)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!