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音楽

二足のわらじ #14

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日のテーマは「二足のわらじ」。カテゴリーは音楽です。最後までお付き合いください(^^)/

1978年の秋、高校2年生の文化祭。僕は初めてバンドスタイルでステージに立ちました。あれからもう少しで44年。その間、3ヶ月だけバンド活動を休止しましたが、それ以外はずっと途切れることなくバンド活動を継続しています。

あかさんデザイン「LIVE AT THE BOURBON HOUSE」ジャケット。サブスクでどうぞ!

バーボンハウス

餃子大王の人気絶頂期。本当に大勢のお客さんが来てくださいました。僕たちのホームは大阪梅田のバーボンハウス。百又ビルの地下にありました。だいたい二部制(2ステージ)でやっていたように記憶していますが、時にはライブハウスに入りきれないほどのお客さんが押し寄せ、百又ビルは階段まで人であふれていました。インディーズだけどメジャー並みの勢い…。若さもあって一番好き勝手に暴れまくっていた頃かもしれません。
今は…。「すっかり大人になったのね」と言えるくらいには落ち着きました。

すっかり大人になった僕たちをご覧ください!タートルズも素敵な年齢に♪

二足のわらじ その1

この頃は「二足のわらじをはいている」と言われていました。テレビやラジオ、新聞・雑誌でも取り上げていただきましたが、同時に「公務員の兼業・副業禁止」規定への抵触も取り沙汰されました。実際に、府教育委員会~市教育委員会~校長というルートでの調査・指導もありました。僕の当時の上司はO校長先生。とても豪快かつ知的な方でした。O校長先生からは質問1つと指導が1つのみ。「収入あるのか?」「儲けるなよ」とだけおっしゃいました。

O校長先生の指導に対して、当時の僕は「あまり言われなくてよかったな」くらいにしか感じていませんでしたが、今はそのすごさが分かります。僕も校長をしていましたが、教職員に対して同じ対応ができただろうか…
O校長先生からは、他にも多くのことを教わりました。でも、それは「教育」の話題の時にまた書くことにします。何と言っても、僕の教員としてのあり方に大きな影響を与えてくださったO校長先生の言葉。大事に書いてみたいと思うからです。

二足のわらじ その2

「二足のわらじ」についてもう1つ。担任をしていた頃、多くの保護者の方から「教師とバンド活動、両方されているなんて!すごいですね!」みたいなことをよく言われました。でも、その質問にはいつも「そうかなあ…」と思っていました。
僕の周りにはゴルフが趣味、パチンコは副業、仕事帰りはまず一杯という先生がいました。キャンプや料理、カラオケ、ショッピングが大好きという方もいました。休日はもちろん、毎日のオフタイムには好きなことに時間を費やし、楽しんでおられたのだろうと思います。
それに比べて、僕たちのバンド練習はせいぜい週末1回2時間程度。「毎日飲みに行く方が大変やろ」と僕は思っていました。

そもそも、餃子大王を「教師がバンド活動をしている」という認識でとらえること自体がすでに誤りです。餃子大王は「バンド活動をしていた若者が教師になった」バンドにすぎないのです。

B.G.とA.G.

その後もバンド活動を順調?それなりに?続けた僕。気がつけばステージに立ち続けて43年半になりました。そんな僕のターニングポイントはやはり餃子大王への加入。つまり、僕のバンド人生は『餃子大王以前(B.G. Before Gyoza)』と『餃子大王以後(A.G. After Gyoza)』とに分けることができるのです。

ところで、僕の記憶力が低下している、過去の記憶が薄れていっているという話はしました。かつてIQ160を誇った僕も、今、何のためにそこに来たのかわからなくて立ちすくむことが増えました。本当に困ります!
僕から生まれたたくさんのBassフレーズたち。演奏中に突然、僕の中から消えてなくなることが増えました。本当に迷惑しています!

ですから、今のうちに僕のバンド人生を振り返ってみたいと思うのです。その時々に僕は何を感じたのか。そして、それは僕の考え方にどんな影響を与えたのか。これから少しずつ綴っていきたいと思います。
って、まるで終活!自分史やん!

ということで、次にこのテーマで書くときはたぶん「B.G. 高校2年~」になると思います。ただし、その時に今日のことを覚えていれば…の話です(^_-)-☆

今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

また次回もお越しください!
お待ちしています!


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教育

書くこと #13

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!


今朝もいつもの通り、妻のMちゃんを職場まで愛車ノアで送り届けてからのブログ執筆作業です。今日は「書く」をテーマに書いてみたいと思います。

温かい言葉

ブログを始めてから10日余りになります。最初はペースがつかめませんでしたが、徐々に生活にもリズムが出てきました。この感じだと、まもなく小学生の頃に書いた(が守らなかった)『生活表』も作ることができそうです(^^♪

ところで、FacebookやTwitterにも投稿しましたが、ほぼ毎日のブログ更新作業に対し、「無理し過ぎていませんか?大丈夫?」という優しいメッセージを届けてくれる方がいます。心配してくださって本当にありがとうございます!

有名人でもなければ学識経験者でもない、自称「教育系ミュージシャン」「学校経営Co.」の僕が、世界に向かって自分の思いを発信しているだけでもおこがましいこと!教職を卒業して、好きなことをして過ごす毎日。それだけで十分贅沢なのに…。ホントに感謝です!それに、「書きたいこと」はいっぱいあるので、実は話題には困っていません!ご安心ください!

自分を表現する

ただ、思いを言葉に変換する作業はとても難しいです。説明しようとすると長くなるし、コンパクトにまとめると粗くなる。時には、ピタッとくる言葉そのものが見つからないことも…。ブログであれ、誰かへのメッセージであれ、学習指導案であれ、自分の思いや考えを言葉で表現することはなかなか難しいものですね。子どもの頃、作文や感想文で苦労された方も多いのではないでしょうか。

でも、うまく書けない原因はどこにあるのでしょう?
そして、どうすればうまく表現できるようになるのでしょう?

校内研究会でこんな話題になると、決まって出てくる意見があります。
たとえば「語彙不足」。そして、「生活経験の不足」に「書く(話す)経験の不足」。
僕はどれも否定はしませんし、きっとそれも原因の一つだろうと思います。

60年間生きてきた僕。ある程度の語彙力は身につけました。生活経験だって、書いたり話したりする経験だってそれなりにあります。でも、やはり小学生の子どもたちと同じように、うまく書いたり表現したりできない場面にぶつかります。なぜ?

自分を見つめる

説明的文章を書きたいのに、自分の考えがうまく表現できない時。それは、もしかすると「自分自身の考えや考えの道筋を、自分自身が理解しきれていないから」かもしれません。

自分の思いを伝えたいのに、何だか少し違う気がする時。それは、もしかすると「自分自身の本当の思いに気づけていないから」かもしれません。

もちろん、これらは僕の勝手な考えにすぎません。でも、時々「自分はなぜそう考えているのだろう」「本当はどう思っているのだろう」と考えてみることは大事なことだと思うのです。

自分をいたわる

このように、自分を外から客観的に見つめる行為を「メタ認知」と言います。非認知能力育成の重要性が高まりを見せる昨今、メタ認知という言葉も本当によく聞くようになりました。でも、僕が言いたいのはそんなアカデミックな話ではありません。

僕が思うのは自分へのいたわりです。
皆さんが身近な人の考えを深く理解しようとするように、ご自分の考えも深く理解してあげてほしいと思います。また、皆さんが身近な人の思いを大切にしようとするように、皆さんもご自分の思いを大切にしてあげてほしいと思います。
いつもいつも自分のことは後回し…とならないように、時折、メタ認知を取り入れてみませんか?そうすることで、自分の思いや考えに寄り添った言葉や表現だって見つけられそうな気がするのです。

おわりに

ところで、「無理していませんか?」の話に戻ります。
書きたいことは山ほどあると言いましたが、記事づくりは常に悪戦苦闘しています。何度も言葉を選び直したり文を書き直したり…。心は元気なのですが、身体に疲労がたまってきていることは事実です。その原因の一つが作業環境。外出先でのちょっとしたすき間時間をうまく活用できる環境にないため、在宅中に全力投球!となっていることが問題なのかもしれません(:_;)

というのも、今使っているノートPCは15.5ワイドのVAIO。どうやらモバイルには不向きなようです。
「ブログ用ならこれっ!」「外出先でも旅行中でもOK!」っていうモデルがありましたら、PC知識の乏しい僕にレクチャーしてくださ~い!
って、書く以前の問題ですね…。

今日も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
またお越しください。
お待ちしています!

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音楽

餃子大王加入! #12

みなさん こんにちは!
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今日は僕が餃子大王に加入したいきさつについて書きたいと思います。理由は、記憶がどんどん薄れていっているから!「そんなの忘れる?」ということまで忘れていきます。昔のことは覚えていると言いますが、僕にはあまり当てはまらないようです😢
先日も、自分が何年幼稚園に通っていたか「?」となり、母に確認したところです。1年保育…かろうじて正解でした…。

餃子大王誕生の頃

餃子大王は1983年、大阪教育大学軽音楽部(通称K-ON、Nはホントは鏡文字)で誕生しました。結成当時のメンバーは4人。Vo&Gが森かずお君(1回生)。Dsはしげお君(1回生)。もう一人のGは「ギターの神様」わたるちゃん先輩(4回生)。そして、超絶プレイのBは大将先輩(回生不明)。

その頃の僕は3回生。『Lip Service』 というレゲエバンドをやっていました。2回生にはかめお君もいましたが、彼がやっていたバンドは『デラ』。何というか意味不明なバンドでした。さらに、謎の女キムチさんも1回生。『ルナティックドール』という女性バンドを組んでいたような気がします。違った?

餃子大王の音楽

餃子大王は、メンバー4人のうち半分が1回生とは思えないパワフルで独創的なプレイをするバンドでした。フレーズ面の独創性は先輩2人の力が大きかったのですが、曲そのものの独創性はむしろ1回生2人の力。2人の先輩方も異口同音に「森もしげおもすごいで!」とおっしゃっていたことを思い出します。コピーバンドが主流のK-ONの中で、オリジナル曲で勝負する餃子大王。その存在は異色でした。

ただ、僕は餃子大王には興味が持てませんでした。理由は3つ。
①パンクバンド?という印象。僕はパンクが好きじゃなかった。
②歌詞が下品な上に、ステージングも好きじゃなかった。
③K-ONでの派閥違い。僕は主流派の体育会系派閥だった。

加入の誘い

僕は大学6年間をK-ONで過ごしただけでなく、卒業後も1年間、学外部員としてフュージョンバンドを組んでいました。「K-ONもいよいよ引退やな…。」と思っていた1988年3月。突然、かずちゃんからの電話。当時のことだから家電?よく電話番号知っていたなぁ。

今度ヤマハのコンテストに出るので、餃子大王に入ってもらえませんか?一緒に武道館に行きましょう!」と熱く誘ってくれるかずちゃん。
「でも、餃子の音楽好きじゃないしなぁ。下品やん。」と僕。
「まあそう言わんと、一回スタジオに来てください!」
何度かのやりとりののち…。
「そしたら一回だけ見に行くわ」
「ぜひベースも持って!」

そうして向かった先は大阪市西成区。ハードコアやパンクなどエキセントリックな音楽で有名だった大阪伝説のライブハウス『エッグプラント』
「やっぱりパンクか…」と思いながら、聴かせてもらった(というかベースを弾かされた)曲の1つが「させて」。後日、NHK出演時には放送コードにしっかり引っかかりましたが、品のないタイトルとは違い、曲はポップなロックンロール。「ちょっと曲想変わったか?思ったほど悪くないな」というのが僕の感想。そのまま加入することにしたのでした。

YAMAHA BAND EXPLOSION

結局、「はだしのゲン」(中沢啓治先生の名作漫画をモチーフにした曲)で挑んだBAND EXPLOSIONでは世界大会に進むことなく、人気大賞受賞で終了。「ん?武道館は?」。

まあ、コンテストだっていうのに、ピンクレディーの名曲「渚のシンドバッド」(作詞:阿久悠先生、作曲:都倉俊一先生)をSEに、ステージセットとして持ち込んだ原爆ドームや平和の像(いずれも段ボール製 あかさん作)の後ろからポンポン持って登場したしなぁ。エントリー曲以外にも、なぜか「俺はジャイアン」(藤子・F・不二雄の名作漫画「ドラえもん」をモチーフにした曲)もやったしなぁ。そんなふうに好き勝手やっていましたので当然の結果ですよね。

でも、人気大賞の副賞だった合歓の里でのソノシートの録音・制作!楽しかった!ヤマハのモニターとして楽器の提供も受けました。僕はBB2000!そして、何よりも、バーボンハウスを始めとするライブハウスへの出演回数がどんどん増えたことが嬉しかった!その後、僕たちはバンドブームの強烈な追い風に乗り、ついに東京進出も果たしたのでした。

これからの餃子大王

2024年3月。メンバーの多くが定年退職を迎えます。30数年前、悩みながら選択しなかったメジャーデビューに僕たちは挑戦する予定です。

そう言えば、かつて情熱を持って指導した「沢池ミニバスケットボールクラブ」の横断幕には「夢に向かってLet’s Try!!」と入れていました。

もう一度メンバーと、そして変わらず応援してくださるファンの方たちとともに武道館を目指してみたいと思います。楽しいだろうなぁ(^^♪
さて、誰のバーターで出してもらおうか…。

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

またお越しください!

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プライドの使い方 #11

みなさん こんにちは!
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社会人1年目のみなさんへ

新年度スタートから3週間。みなさんお元気ですか?
企業に就職された方々は、業務のすべてが初体験。来る日も来る日も教わることだらけで大変ですね。でも、焦ったり落ち込んだりするのは逆効果。人生は長いです。一つひとつを丁寧に身につけていくことで、自己有用感も高まります。そして、そこから得た自信はあなたをさらに成長させてくれます。最初は誰もが初心者です。焦らず、知識やスキル、そして何よりも大切な企業理念を自分のものにしていきましょう。

そんなあなたには「ドキドキドン!一年生」(作詞:伊藤アキラさん 作曲:桜井順さん)の歌詞の一部をお届けします!

サクラ咲いたら一年生 ひとりで行けるかな
となりにすわる子 いい子かな 
ともだちになれるかな
だれでもさいしょは一年生(一年生) 
ドキドキするけどドンと行け
ドキドキドン!一年生 ドキドキドン!一年生

昨日に続いてI本君撮影の「京北黒田」の百年桜!見に行きたいなぁ!

学校教職員1年目のみなさんへ

ところが、これが学校業界となると話が変わります。「経験は教育実習のみ」が学校の当たり前。他職種だってほぼ同じ。誰もが初めてなのに、インターン期間も研修中の名札もありません。しかも、いきなり学校現場の最前線に立たされた上に、きちとんと業務を遂行して当たり前の世界…。無理ですよね。

そんなあなたには、1973年のテレビアニメエースをねらえ!オープニングテーマ「エースをねらえ!」(作詞:東京ムービー企画部 作曲・編曲:三沢郷さん)の歌詞の一部をお届けします!ちなみに『エースをねらえ!』は山本鈴美香さんの漫画をアニメ化したもの。番組のオープニングは主人公・岡ひろみの映像とともに大杉久美子さんの透き通った声が印象的でした。

コートでは だれでも ひとり ひとりきり 
わたしの愛も わたしの苦しみも 
誰もわかってくれない

学校のようす

もちろん、管理職や周りの教職員が助言・指導するでしょう。OJTなど独自の育成プログラムを持つ学校もあるかもしれません。逆に、そんな支援など不要という実力派新人だっているかも?でも、やはり多くの場合は、経験ゼロのまま教壇に立ち、自分一人で授業や集団づくりを進めなければならないことに苦悩しています。教員は、子ども・保護者にとっては最初から“信頼できる教員”でいなければいけないからです。


また、教員以外の職員は専門職であり、校内では少数職種に分類されます。養護教諭や事務職員など校内に一人という場合が多く、いきなりたった一人で全業務を任されます。
このような構造的課題が、教育現場からの社会貢献を志す教職員の可能性と成長の阻害要因となっています。

プライドの使い方

毎日不安を抱えながら教壇に立つことや業務に向き合うことのデメリットは誰もが知っています。でも、真面目な人ほど自分一人で乗り越えなくては…と思いがちです。しかし、子どもたちに説くまでもなく、学校のキーワードは協働です。
周りを見ればみんな忙しそうに働いている…と感じると思いますが、それでも早めに「ヘルプ!」の声をあげてほしいのです。なぜなら、新人には新人にしかできない組織貢献があるからです。

それは、自校の新人育成プログラム改善のモニターとしての役割です。誰がいつどのようなことに困るのか、どうすれば困り感が減るのか…など、積極的に発信することで育成プログラムは改善されます。もちろん、「頼りたくない」「困っていると言いたくない」など、社会人としてのプライドもあるでしょう。
でも、いい仕事をしたいのならば、「プロセスに対するプライド」は捨てることです。むしろ、こだわりたいのは「結果に対するプライド」。業務遂行中はどんどん探求!教えてもらったり、時には助けてもらったり…。そうすることで得られる結果への満足感はあなた個人の成長にとどまらず、組織全体の成長にまでつながっていくのです。

管理職の役割

とは言え、後輩が先輩に聞くというのは、やはり勇気がいることです。ましてや新人!だからこそ、管理職は学校経営戦略に基づき、人材育成にも努めなければなりません。先ほどの「新人の役割」も、ただ求めるだけでは成果なんて上がるはずがありません。成果の有無を個人の責任にしないためにも、きちとんした手立てを講じてほしいと思います。管理職の役割については、別の機会に書いてみたいと思います。

夢に向かってLet’s Try!

今春、夢や目標をもって迎えたすべてのみなさんへ。
悩み多き毎日でも、すべては一つひとつの積み重ね。来年の今頃、充実感と達成感をいっぱい味わうために、自分の強みを信じて、一日一日を大切に生きてみてください!夢に挑戦するすべての方を応援しています!
僕も、僕にできることを考え実行します。

今日も最後までご覧くださりありがとうございました。

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お待ちしています(#^.^#)

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教育

言葉のちから #10

みなさん こんにちは!
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4月に入って何日かが過ぎたころ、教育実習でお世話になった先生から温かいメッセージの詰まった葉書をいただきました…。
そこで、今日のテーマは「言葉のちから」です。

みなさんにはずっと大切にしている言葉ってありますか?60年間生きてきた僕には、自分の歩む道を後押ししてくれた言葉がたくさんあります。今日は、その中のひとつ。教員としての僕を導き、支えてくれた恩師の言葉について書いてみたいと思います。どうぞお付き合いください。

進路変更

高校3年生のある日、それまで法学部志望だった僕は、急に進路変更!思うところがあって教員養成学部を目指すことにしました。そして、一浪して何とか入学した大阪教育大学・小学校教育学科。意気揚々と入学した僕ですが、4月当初からちょっとした失望感を抱いてしまい、気がつけば大学生活は軽音楽部中心となっていました。

そんな状況ですから、教育実習に参加できたのは6回生の時。あと数ヶ月で25歳になるというタイミングでした。「これで何とか卒業できるかな?」という安堵感はありましたが、卒業後の進路については何も決めていませんでした。

京北黒田の百年桜。友人のFacebook投稿写真を許可を得て転載!今が見ごろらしい!

教育実習参加

そうして始まった5週間の教育実習。小6の1年間だけ通った母校が受け入れてくれました。指導教官は4年生担任のT先生。僕は元々が中学校教員志望だったし、大学入学時のこともあって、実習にもあまり期待はしていなかったのですが、始まってみるとこれがめちゃめちゃ刺激的!面白い!

取り組みたかった中学生の問題行動のうちの何割かは小学校教育を充実させることで防止できるのではないか!知識も経験もない単なる実習生の僕がそんな仮説を立ててしまうほど、T先生のもとでの実習は充実していました。算数「面積」の単元での研究授業。なぜか抜擢していただいた「ごんぎつね」朗読のレコーディング。そして、素直でかわいい子どもたち!実習の最終日の帰り道は車の中で一人泣いたことを覚えています。

百年桜の写真 もういっちょ!

先生の言葉

その実習の時にT先生が僕におっしゃった一言が本日のキーワード。
「あなたはすでに教師の心をお持ちですね」。先生がどういう意図でおっしゃられたのか?教師の心とは?でも、実習生の僕には「自信を持ってこの道を行けばいい」という風に聞こえたのだと思います。

それからというもの、目標を決めたら最短距離で進んでいきたい射手座の性質がさく裂!卒業後の進路は小学校教員以外なし!教員採用の競争率が高い時代でしたが、教師の心保持者の僕は、「採用ゼロでなければあとは実力!」と無謀な挑戦を三度繰り返し、最終的には45倍の競争率をくぐり抜け、何とか正式採用のチケットをゲットしたのでした。

離任式でもらったアレンジフラワー!これはかわいくていい感じ♪

言葉のちから

先生の言葉に自信と勇気をもらい、僕は教員になりました。そして、先生の言葉に支えられながら教員として多くの困難も乗り越えてきました。
僕は、子どもの人生に偉そうに口出しできるほど教員は偉くなんかないと思っています。上から目線や教師根性から発する言葉は危険であるとさえ思っています。
でも、不思議なことにすっーと相手の心に入っていく言葉もあるのです。そして、いつの間にか、その人の人生を導いたり切り開いたりしてくれる、そんな言葉もあるのです。

自分の教員生活を振り返り、T先生のような言葉が言えたのかなぁと考えていたある日。卒業してから14年目になる教え子からの突然のメールが!
「先生がいつもおっしゃっていた『心に水やり』という言葉は今でもずっと大切にしております」「『わっはっは』は今でも歌えますよ」とのうれしいメッセージを書いてくれていました。
自慢?そうかもしれません(^^;


人の人生に影響を与えようなんて、やっぱり思ってはいません。でも、自分の言葉が、誰かの人生にほんの少しでも役に立っているのだとすれば、それはそれでとても嬉しいことだと思います。

いつも楽し気な餃子大王!松ちゃんもいるよ♪

追記

今日はお手紙と小さなお礼の品を持って、先生のご自宅を訪ねました。実は、先生との再会は35年ぶり!いつもは年賀状のやり取りだけだったので、本当に久しぶりの再会でした。それにしてもお元気そうで何より。きっとこれからも僕の新たなチャレンジを見守ってくださることでしょう!T先生、本当にありがとうございました!

今日も最後までご覧くださりありがとうございました。

またお越しください!
お待ちしています(#^.^#)

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ライフ

餃子大王 in 東京 #9

みなさん こんにちは!
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今日は離任式。3月まで勤務していた学校に行ってきました。同じ時を過ごした仲間たちとの久しぶりの再会。みんなの顔を見て癒されて…とてもいい時間でした。帰りには教職員や子どもたちから手紙やお花などのプレゼントもいっぱいもらいました。そして、改めて素敵な人たちに囲まれながら、毎日を過ごしてきたことを実感。感謝ですね。

ただ、少々のんびりし過ぎたために、予定していた帰宅時刻を大幅にオーバー!というわけで今日のカテゴリーは軽めのライフ!そしてテーマは「餃子大王 in 東京」です。

でも、前回の投稿後に「軽めのライフって、もっと短いかと思ったら十分重かった!」という声をいただいたので、今日はできるだけ短めに…。だけど、テーマが軽いから「軽めのライフ」と言っただけで、「短めのライフ」とは言っていないのになぁ…。

僕の妻Mちゃんとミニーと♪Mちゃんはディズニー大好き!その話はまた今度(^^♪

ファースト・ディズニー!

僕のファースト・ディズニーは東京TDL。何年前のことかは忘れたけど、餃子大王東京ライブのついでに、メンバー数名でパークに行きました。ただし、目的は観光ではなく調査!では、なぜ餃子大王メンバーでin Park(以下、インパ)したのか!?

この日のターゲットはドラマーのしましましげお君(現しげおくん)。僕たちは、彼が中学校教員として修学旅行生を引率している様子を見るために、わざわざインパしたのでした。

当然のことながらライブはしげお君不在。たしか、元気ブラザーズのあお君(本当は超絶テクをもつドラマー)が代役を務めてくれたんだったかな?

そんなわけで、当時「日本で一番頼りない」を売りにしていたしげお君の働きぶりをみんなで調査しに行ったのでした。ちなみに、日本で一番頼りないという感じはなく、ちょっとがっかり。看板に偽りがありました。

そんなしげお君も今や校長先生!体力に不安があってもパワフルプレイの連続!

餃子大王東京ツアー

この少し前が、僕のファースト・TOKIO。餃子大王が大阪・伝説のライブハウス「エッグプラント」関連で法政大学でのライブに出演させてもらった時でした。何とアラサーになるまで東京に来たことがなかった僕ですが、その後は餃子大王のおかげで何度も東京でライブ。あれから30有余年。すっかり東京の街にもビビらなくなりました(^^♪

ライブ後の餃子大王

そもそも餃子大王はライブの打ち上げ(餃子用語では「ポン」)をしないバンドです。大阪のバンドと言われていますが、大阪府民メンバーも居住区はバラバラ。当時は奈良県在住のメンバーもいました。そのため、ライブ会場へは各自が思い思いの方法でやってきます。電車組もいましたが、多くは機材があるので車かバイク。練習だってライブだって基本は常に現地集合・現地解散。だから、ライブ後もせいぜい食事をする程度です。大阪・神戸・京都でのライブでポンすることはほとんどなかったんじゃないかな。

餃子大王のサウンドの特徴はかめお君のプレイ!!筒美京平先生の影響かっ!

そのため、ツアーで東京・名古屋などを回るとなるとメンバー全員大はしゃぎ!スタッフも一緒に全力でポーンっ!楽しかったなあ。普段からくだらない話題やギャグで延々(つまり数時間程度)笑い続ける能力をもつ僕たちにアルコールが入るとさらに持続力アップ!一晩中同じ話題で笑い転げることができました!


またある時はパブでカラオケ。自分たちでも曲をリクエストしますが、だんだん楽しくなってくると他人のリクエスト曲にもガンガン参加!マイクなしでも声量で勝利!「大阪の人はお金かけずに上手に遊ぶよね~」なんて、いつもほめてもらっていました。(ちなみにこれは京都では批判的表現。東京の人はどっち?)

餃子大王 in Summer

そんな僕たちの東京ライブも2020年1月が最後になったまま。今では東京ライブも昼間&単発なのでポンも軽めの中華ポン。でも、今夏は2年半ぶりに東京・下北沢club Queに行きたいと思っています。かつて同じ時を過ごしたみなさんとの再会を楽しみにしています♪

言わずと知れた下北の名店!江戸っ子ラーメンいっちゃう?


ところで、餃子大王は2024年のデビューを目指しています。アラ還たちの挑戦!2年後、「私ら餃子大王のことデビュー前から知ってるねんで!」と言ってもらえたら幸せやなあ。

最後までご覧くださりありがとうございました。

今日はライトに書けたかな?
またお越しください!

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小学校の校長の仕事② #8

みなさん こんにちは!
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今日は「小学校の校長の仕事①(4/13)」の続編。学校教育法第37条第4項の前半部分である「校長は校務をつかさどり…」について書いてみたいと思います。最後までお付き合いください。

学校の組織

学校組織の多くは鍋蓋型です。鍋蓋の本体が教職員で、小さな持ち手部分が管理職。つまり、民間企業によくあるヒエラルキーと呼ばれるピラミッド型構造ではありません。学校によって首席(主幹)や主任等もいますが、実際の職務は学校によるため、多くの学校は「フラットな関係の教職員と少数の管理職」という鍋蓋型組織であると言えます。

そのような組織構造ゆえ、学校経営・運営のあり方も民間企業と違い、かなり特徴的です。もちろん、そこには歴史的背景が存在します。

学校の文化

かつて日本が世界大戦へと進んでいった時代。学校は戦時下教育として皇国民を育成する教育へと舵を切り、小学校は国民学校へと名称が変更されました。初等教育における国民科・体練科、中等教育における軍事教練・勤労奉仕など教育内容にも大きな変化が見られます。このような戦時下教育への急激な転換は、「大東亜共存圏建設」という政治目的が教育本来の目的よりも優先されたことを意味するだけでなく、教育を政治的に利用した結果であると言えます。

僕たちは子どもたちと多くの平和学習に取り組み、戦中・戦後を生きた方々から多くのことを教わりました。戦時下教育に携わった先輩教職員の苦悩についても学びました。

トップダウンへの警戒という学校文化。即ち、民主的な組織として、教職員自らが考え、方針を決定しようする文化は、歴史から得た教訓であり、今後も大切にすべき財産でもあると僕は考えています。

ワンマン経営の問題点

校長の肩書だけで教職員の信頼を得られる時代は終わりました。また、時代の流れはインクルージョン。「教職員は学校の命」ですので、教職員の思いや考えを尊重することはとても大切です。志水宏吉先生(大阪大学大学院教授)の言われる「気持ちの揃った教職員集団」は、学校の経営・運営上最大の強み!僕はずっとそう考えています。
ですから、校長先生方には、ご自身がよほどのカリスマでもない限り、教職員を信頼し、インクルーシブで協働的な組織をつくることを勧めます。独裁・独善的な手法では、学校経営の方向を見誤るだけでなく、教職員組織の育成をも阻害してしまいます。

教職員による判断

では、方針決定を職員会議等での教職員議論に委ねて良いかと聞かれると、僕の答えはNOです。「民主的な組織づくり・インクルージョン…」とキーワードを並べられてもNOです。根拠法令もありますが、それが理由ではありません。

たとえば、学校の「判断」への批判対応。校長自らが主体的に判断するというプロセスを経ていないと説明に困ってしまいます。その挙句「そういう意見が多かったのです。私の意見は違うのですが…」なんて話してしまったら最悪です。こんな責任転嫁は学園ドラマの中だけにしてほしいものです。 そもそも判断に迷うような問題には様々な意見があって当たり前。校長は教職員の代表として、判断理由を堂々と説明すればよいのです。もちろん、保護者対応等には相手へのリスペクトと配慮が必要ですが、その話題はまた後日。

校長の判断

一方で、コロナ禍により、自治体や教育委員会に方針決定を求める校長が増えました。「歴史から得た教訓はどこへ?」ととても残念な気持ちになります。上部組織に統一した指示を…というのは、児童・保護者の不信感防止など一定のメリットが期待できることは事実です。しかし、僕はデメリットの方が大きいと思います。

現場のことは現場の教職員が一番良く知っていますので、校長は独善的にならずに、教職員の声に耳を傾けるべきです。そのために、個々の思いや考えを引き出す工夫も必要です。そして、集まったたくさんの情報を、高所大所から多面的・多角的に分析。教職員の思い・考えを十分に理解した上で、意思決定は自らの責任において校長が行うというのが僕の考えです。
ただし、これは学校グランドデザインに関わるフィロソフィーとそれに基づく方針などの重要課題、昨今のコロナ対応方針など大きな事案に対する判断を必要とする場合の話です。

それ以外の課題、たとえば校務運営組織の具体的な取組などは、むしろ教職員に意思決定の権限を委譲することを勧めます。なぜなら、「教職員に権限を委譲する」ことも校長の意思決定によるものだからです。僕の組織論についてもまた後日お話しします。

校務をつかさどる

最近、「納得解」や「最適解」という言葉をよく耳にします。「正解」とも「多数派の解」とも違う「解」。インクルーシブな組織づくりを推進し、教職員一人ひとりが強みを発揮し合うことで、より良い方針を決定するために、特に「納得解」を目指すのはとても良いと感じます。

Society5.0に加えてコロナ禍…。新たな時代への対応に加え、難しい判断を迫られることが増えています。校長先生方のご苦労は大変!でも、仲間である教職員とともに前向きな議論を積み上げて、正解のない時代の納得解を探してほしいと思います。


教職員の思いをもとに最終の意思決定を行うことが校長の仕事であり、すなわち「校務をつかさどる」こと!学校組織の決定に全責任を負うのは校長であるという自覚こそが、校長の尊厳・品格の保持、そして教職員からの信頼につながるのです。さらに言えば、それこそが校長の楽しさ&醍醐味でもあります!
あとは、校長先生自らが自信を持って周りに情報発信をするだけ!がんばってください。応援しています!

「校長の仕事②」にお付き合いくださり、ありがとうございました!


次回もよろしくお願いします!
お待ちしています!



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雨の日には軽めの話題を #7

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は朝から雨模様☔
明るい陽射しにエネルギーをもらっている僕にはつらい雨です。でも、「嫌な雨ですね」なんて言ってはいけないことだって知っています。何せ僕は元小学校教員!生活科や社会、理科など多くの学習で雨や水の大切さについて子どもたちと一緒に学んできたのですから♪

雨の日を心待ちにされていたすべての方に心よりお祝い申し上げます。良かったですね(#^.^#)

そんな今日のBGMは鈴木茂大先輩の「レイニー・ステーション」。山下久美子先輩の「雨の日は家にいて」や八神純子先輩の「雨の日のひとりごと」も大好きだけど、今日は「レイニー・ステーション」!いつもながら心地のよいスライド感。僕もすべての生命に優しくなれそうです!

鈴木先輩は言うまでもなくギタリストやコンポーザー、プロデューサーなど多彩な才能を発揮されている日本を代表するミュージシャンです。そして「レイニー・ステーション」は作詞・松本隆大先輩&作曲・鈴木茂大先輩。そりゃ名曲なはず!アルバム「Caution!」の中でも「サマー・ワイン」と並んで僕の大好きな曲です。よろしければ一度お聴きください♪

テレビ番組と音楽

子どもの頃はテレビが大好きでした。昭和のヒーローアニメや特撮ものから、良質な番組作りで保護者も推奨していたカルピスやハウス食品の世界名作劇場まで何でもよく見ていました。まさしく「TVの家来」(餃子大王『GOGO』参照)です。

左端はあかさん演じる(?)餃子大王のヒーロー・バイブマンです。たぶん正義の味方です。

そして、ストーリーと同様に興味を持っていたのが主題歌。
「将来の夢は?」と聞かれると職業的なものを答える子どもが多い日本の教育のあり方に対し、いささかの疑問も抱かなかった少年時代の僕の夢はアニメ歌手。『サイボーグ009』『マジンガーZ』『人造人間キカイダー』『バビル2世』などかっこいい系の主題歌が好きでよく歌っていました。『デビルマン』や『空手バカ一代』なんかも好きだったなあ。

ただ、好きなアニメの方向は必ずしもかっこいい系ではありませんでした。松本零士先生の名作『宇宙戦艦ヤマト』がテレビ放送されていた時、仲良しだった友だちの多くはヤマト派!でも、僕はヤマトの裏番組で盛り上がりを見せていた『アルプスの少女ハイジ』派に所属していました。

そんな僕が新婚旅行にヨーロッパを選んだことは必然!イタリア・スイス・フランス・イギリス4か国を2週間かけて回りました。でも、実はスイスはジュネーブのみ。その後も2度ほどスイスに行きましたが、ハイジゆかりの地には未だ行けていません。もう足腰が弱ってきているのでマイエンフェルトもイェニンス村も無理かも…です。

少し話はそれますが、ハイジのキャラクターが出演しているCMシリーズ。シンガーになったアルムおんじのCMが流れていますが、歌を担当しているのは僕たち『餃子大王』とも深いつながりがあるオフィスオーガスタ所属の松室政哉くん!
オフィスオーガスタは山崎まさよしさんやスキマスイッチさん、秦基博さんら数々の有名・実力派アーティストが所属している音楽事務所です。そんなすごい方々と一緒に精力的な活動を展開している松室政哉くん!みなさん、松室政哉くんの応援もよろしくお願いします!

バラエティ番組の楽しみ方

アニメの主題歌だけでなくドラマ主題歌やCM商品とのコラボなど、テレビ業界にとって音楽は欠かせません。そして、僕が興味を惹かれるのはバラエティ番組でのBGMとしての使い方。

例えば、日本の名城を紹介する旅番組。大きな石垣やきらびやかな天守閣とともに画面いっぱいに映し出される立派な城門。そしてそのBGMにはブリティッシュハードロックの雄『レインボー』の「バビロンの城門(アーチ)」!すごすぎる!

別の旅番組では素敵な革小物のお店をレポート。様々なデザインの素敵な手袋のアップとともに始まるBGMはアメリカンロック界を代表する『ドゥービーブラザーズ』の「チャイナグローブ」!チャイナ風の手袋かどうかはこの際問題ではありません!ただ、グローブというキーワードさえあればそれでOK。今後は、野球解説番組でも「チャイナグローブ」が聴かれることでしょう。

また、別の旅番組では竹林の小径で有名な京都・嵐山を散策。そういえば、そろそろ筍の季節。嵐山あたりの料亭にお出かけになってはいかがでしょう。個室ならコロナ対策も万全!ぜひ京都で春の訪れを感じてみてください。

話を戻します。この竹林や筍料理のBGMは何と『イーグルス』の「Take It Easy」!竹は英語でBnmboo、筍はBanbooshootですので関連性なし!でも、もうお気づきの通り、竹のローマ字表記は「Take」。テレビ業界ではたったこれだけで採用基準を満たすようです。

僕は最近の曲をあまり知らないので、今流行っている曲も同じように使われているのかどうかはわかりません。でも、1970年代や80年代の楽曲が繰り返し使われていることは事実です。この仕事は何という仕事なのか、どんな方(年齢も含めて!)が担当されているのか分かりませんが、本当に面白い仕事だなと思います。

僕はバラエティ番組を見ながら、BGMには細心の注意を払っています。そして、担当者の意図を理解できた時にはとてもゆかいな気持ちになっています。これも僕にいろんな音楽を教えてくれた多くの方々のおかげ。聴いててよかった!やっぱり感謝です!
よろしければ皆さんもぜひバラエティ番組のBGMに注目してみてください!原曲の一部を切り取る行為の是非はともかく、一瞬にして映像に彩りを添える音楽のふしぎな魅力を感じていただくことができると思います。ただ、一人で悦に入っていると家族には不審がられます。楽しそうな僕をみる妻は少し訝しげです。

雨が上がりました。BGMを変えよう!清志郎先輩の「雨上がりの夜空に」か。それとも「アメージング・グレース」か…。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。「音楽」でも「教育」でもない「ライフ」というシンプルなカテゴリーです。
今日は昼から予定満載。あまり時間がなさそうなので、「ライフ」に挑戦してみました。
またのお越しをお待ちしています!

カテゴリー
音楽

メイン!ボーカル! #6

皆さん こんばんは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今回も音楽カテゴリーの話題です。今日は「僕のベーシストとしてのコンセプト」と「なぜそのコンセプトか?」について自分なりに分析したことを書いてみたいと思います。みなさんどうぞよろしくお願いします(^^)/

ということで、本日のBGMは昭和歌謡。1曲目は舟木一夫さんで「高校三年生」。そして2曲目は同じく舟木一夫さんで「銭形平次」。それではブログ始めます!

僕のボーカル観

僕は歌もののバンドで演奏するのが好きです。もちろんインストゥルメンタルのバンドも曲も嫌いではありません。好きなバンドもあるし、好きな曲だってあります。でも、やっぱり自分が演奏するならボーカルのいるバンドがいいなと思うのです。それは僕の歌に対するこだわり。いや、憧れと言った方が良いかもしれません。


話は僕の幼児期に遡ります。半世紀以上のタイムスリップにお付き合いください♪

家族の話

僕の両親は九州・熊本の出身です。熊本で出会った二人は、その数年後に結婚。そして、結婚と同時に住み慣れた熊本を離れ、大阪へ移住しました。何度か転居もしたようですが、僕が物心ついた時は大阪市港区民となっていました。

うちは父母と僕に妹を加えた四人家族。当時、流行語にもなった「核家族」です。住居は父が就職した会社の小さな社宅。僕たちは決して広いとは言えないこの社宅に1971年頃まで住んでいました。

当時の日本は高度経済成長期の真っ只中。1964年東京オリンピック。次いで1970年大阪万博。そして、1972年の札幌冬季オリンピック。日本はどんどん国際的なイベントを成功させていました。何というか、決してみんなが裕福であったわけではないのだけど、社会全体が活気にあふれている。まさに昭和!西岸良平さんの漫画を原作とした映画「ALWAYS三丁目の夕日」(山崎貴監督作品)のちょっと後の時代ですね。

僕たちが住んでいた小さな社宅にお風呂はありませんでした。トイレも共同。ですので、お風呂は近くの銭湯に行くのが当たり前。特に不便だとは思っていませんでした。むしろ、近くの友だちの家を誘って回り、一緒に銭湯に行くのはとても楽しかったです。今でいえば、毎日が修学旅行みたいな感じでしょうか。そして、時には家風呂がある友だちまで誘いに行って、その家のお風呂をよばれて帰宅することも…。一体何をしていたのやら?
でも、日本が誇る「銭湯文化」が衰退しつつある今、こんな生活を経験できたことをありがたく思います。

我が家では

こんな風に決して裕福ではなかった我が家ですが、なぜか家にはガットギターがあり、父は時々、窓に足をかけてそのギターを弾いて歌っていました。

また、家にはレコードプレーヤーもあり、たくさんのレコードやソノシートがありました。何のレコードだったか…ほとんどは忘れてしまいましたが、倍賞千恵子さん「さよならはダンスの後に」、三田明さん「美しい十代」などは覚えています。どれも昭和の名曲。少年時代の僕はこのあたりの歌謡曲が大好きで、お風呂屋さんの湯船の中で、ブランコの上で、共同トイレの中で、いつも大声で歌いまくっていたそうです。十八番は美樹克彦さんの「花はおそかった」。バカヤロー!って叫んでいたんやろうなぁ。

実は、そんな歌謡曲のレコードにまじってたくさんの童謡のレコードもありました。幼い僕と妹のために両親が買ってくれたのだと思います。お琴を習っていたことのある母。歌うことが大好きな父。二人が僕と妹の育つ環境に「音楽」を加えてくれたことに今とても感謝をしています。僕の音楽好きはきっとこの頃に培われたのだと思うからです。

楽器との出合い

小学校入学後はカワイ音楽教室でオルガンを習いました。出席するとヒヨコ(?)のスタンプを押してくれるので、サボるとすぐに親にばれてしまいます。でも時々叱られた記憶があるので、きっと遊びに夢中でサボってしまっていたのでしょう。

茨木市に引っ越した小学校4年生から高校1年生まではピアノを習いました。そのほとんどが自宅に先生が来てくれる、いわゆる家庭教師でした。ピアノの音は大好きでしたので、中学校の途中くらいまではがんばってレッスンに取り組んでいました。

でも、中学校入学後にフォークギターを買ってもらってからは、徐々に演奏よりも歌うことに興味が移っていきました。父に似て弾くことよりも歌うことが好きだった僕は、コード(和音)を覚えたことでパワーアップ!ピアノだろうとギターだろうと演奏はジャカジャカのみ!とにかく歌えればいいという感じで弾き語りにのめり込んでいきました。

今ふりかえってみると、僕の歌に対する思いはこの頃には明確になっていたようです。そして、それは、ベーシストとしてボーカリストをどう見るかなど、僕のバンド観形成につながる原体験と言えるのかもしれません。

バンドにおけるボーカル
そしてベーシストとしての思い

もう一度書きます。僕は歌もののバンドで演奏するのが好きです。でも、より正確に言うと、本当は歌を歌いたいのだろうと思います。ただ、長く音楽に関わってきて、自分がボーカルの器ではないことも知っている。だから、歌いたい思いをボーカルに託している。そんなところなんだろうと思います。

僕のベーシストとしてのコンセプトは1つ。『ボーカルが歌いやすいベースを弾く!』それだけです。幸いベースはリズムセクションですが、メロディも奏でられる楽器です。リズムもメロディも表現できるのなら、ベース1本でボーカルのベストパフォーマンスだって引き出せるはず!極論すれば、そんなことを考えているのです。

もう1つ。僕は、自分がリスペクトできるボーカルのバックしかしないと決めています。

今、一緒にやっているかずちゃんはやっぱりすごいボーカルです。本人はシンガーとしても十分通用すると思っているようですが、それはどうかなと思います。でも、バンドのボーカルとしては唯一無二!一緒にやってみれば分かりますが本当に面白い!魅力いっぱいのボーカルです!

今、かずちゃんとトークを絡めながらライブを進行しています。もちろん、曲はかずちゃんのボーカルを聴きながら演奏しています。とても楽しくて「ベースやっててよかったな」と思います。

長々と書いて、うちのかずちゃんを褒めただけになってしまったことをお詫びします。それからもう一つ、誤解のないように書き足しますが、餃子大王のメンバーは(渡ちゃん以外)後輩・年下ばかりですが、みんなリスペクトできるプレイヤーです。
まずは5月3日大阪MUSE!4か月ぶりのライブをお客さん、そしてタートルズと一緒に楽しみます!よろしくお願いします!

バンドでも何でもリスペクトし合うことが大切ですよね。
今日もお付き合いくださりありがとうございました!
暑くなっています。ご自愛ください!
またのお越しをお待ちしています♪

カテゴリー
教育

小学校の校長の仕事① #5

みなさんこんにちは。
『餃子大王』ベーシスト・学校経営コーディネーターの元公立小学校校長のじゅんちゃんです。
今日は教育カテゴリーの第2弾。僕が考える「小学校の校長の仕事」について書いてみたいと思います。

はじめに


一口に「小学校」と言っても、全く同じ学校なんてあるはずがありません。地域性や学校規模、公立・私立の別などの違いに加え、児童や教職員など構成メンバーも違います。そして、これらの違いは学校の強みや課題の違いにもつながるため、学校ごとに作成される学校グランドデザインにも違いが表れてきます。

そんな中で「小学校の校長の仕事」について書くということ自体が無謀であることは理解しています。上述の違いだけでなく、校長先生方それぞれがご自身の考え方を持っておられるだろうし、とても賛同していただけるような内容にはならない気がします。ましてや僕の校長としてのキャリアは僅か2校・6年間だけ。

でも、やっぱり僕が何をどんなふうに考えて校長業務に携わってきたかについて2回に分けてお話ししたいと思います。これから学校現場で尽力される校長先生方はもちろん、いつか、誰かに、ほんの少しでも役に立つことを願って…。
では、第1回スタートします。

校長の職務 法令によると…

学校教育法第37条第4項には「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」と書かれています。この条文は実際に校長が行う業務・職責を簡潔に書いたものです。

前半部分に書かれている内容は「校長は学校経営・運営上の全ての業務に対して責任と権限を持つ」ということ。
また、後半部分には「校長は自校に所属する全教職員の職務上および身分上のあらゆる行動を観察し、必要に応じて指導・助言や指示・命令を行う」ということが書かれています。
つまり校長は学校現場の最高責任者であり、教職員をしっかりと管理・監督することが職務・職責ということになります。

管理職という言葉に対する違和感

ここまでの内容については、特に大きな違和感を持つ方はおられないと思います。実際にそう書かれているし、書かれている内容にも大きな問題があるわけではありません。

学校は組織です。多くの学校には校長や副校長、教頭などの管理職がいます。民間企業を始めとする様々な組織にも管理職が存在します。どの組織の管理職も「業務をつかさどり、部下を監督している」ことでしょう。そう考えると、管理職的役割は組織の経営・運営に必要なポジションなのだとわかります。
でも、やっぱり少し違和感を感じてしまいます。

学校の命

2回シリーズの1回目は、同法第4項の後半部分である「所属職員を監督する」に関する考えを書きたいと思います。

子どもたちは学校の宝です。教育基本法によるまでもなく、すべての教育活動は子どもたちの人格の完成等を目指して行われます。その意味からも、子どもたちは紛れもなく学校の主役であり、その存在は尊重されなければなりません。

では、教職員はどうでしょうか?
僕にとって教職員は学校の命でしたし、実際にそう伝えていました。施設・設備や予算、教材・教具などの学校資源も大切です。しかし、学校組織最大の資源は間違いなく教職員!学校教育に限って言えば、教職員の存在なくして子どもたちの安全・安心も学びも育ちもありません。僕たち管理職、とりわけ校長にとって教職員はリスペクトの対象であっても、管理の対象ではありません。

僕は校長として、一般的な言葉の意味としての管理は行っていませんでした。反対に、最もやりたかったことは教職員一人ひとりが持っている力を十分に引き出すこと。そして、個々の力を学校力向上につなげることでした。
そのために、いろんな方法を考え実行しました。環境整備や条件整備、適切な助言や指導などの正攻法はもちろん、「ちょっとどうなのか?」というような微妙な作戦やオリジナルのアイディアなど、思いついたことはできる限り実行に移し、PDCAを回すように心がけていました。このあたりの作戦については、またいつかお話しできればと思います。

言いたかったことは1つ。学校教育法の言葉を短絡的に解釈して、教職員を四六時中見張るような管理・監督はしないでほしいということです。教職員は学校の命であり、学校経営・運営上、最も大切な仲間です。
もちろん時には服務に関する指導が必要なこともあります。しかし、教職員が校長を信頼してくれなければ、その指導は効果を発揮しないでしょう。教職員の最も身近で信頼される上司となるために考えることはたくさんあります。教職員一人ひとりに寄り添うとは?大切にするとは?リスペクトとは?配慮とは?

組織は複数の人がいるだけではなく、それぞれがつながりを持って初めて組織となります。すべての営みが信頼関係の上にのみ成り立つとするならば、校長が行うべき職務はおのずと決まるのではないかと思います。

今春、初めて管理的立場になった皆さん。「上司らしく威厳ある振る舞いを…」などと考えず、これまで通り、仲間を大切に、人のためにできることを考えてほしいと思います。皆さんがいきいきと輝くことで、周りの方々もますます力を発揮されることでしょう!少し力を抜いて業務に向き合ってください!応援しています!

今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

次回はシリーズ第2回。
「校務をつかさどる」について考えたいと思います。
またお越しください!お待ちしています!