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カルメン・マキ&OZ #46

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

「観客動員(5/21)」でお知らせしていた東京Liveの詳細が決まりました。これで大阪・東京の2本のLiveが確定。楽しみです!(^^)!
※詳細はブログの固定ページで確認できます!
 また、Facebook・Twitterで随時発信します!
 どうぞご確認ください♪

餃子大王‼大阪夏Live‼ 大阪・南堀江『Knave』
『おつかれサマータイムブルース!餃子大王夜のワンマンライブ!』
2022/7/23(土)  18:00 OPEN   18:30 START

餃子大王‼東京秋Live‼ 東京・下北沢『CLUB Que』
『どっこい生きてた!餃子大王!2年9か月ぶり東京ワンマン!』
2022/9/25(日)  12:00 OPEN   12:30 START

音楽のある生活

人により聴く音楽の選び方ってそれぞれですよね。
基本は推しのアーティスト一筋!気分によって曲は選ぶけどねという方。
時間帯によって聴く音楽を決めているという方もいらっしゃいますよね。
そして、僕のように気分によってアーティストごと変えるというパターンの方も♪

そんな僕が「気合い入れていこう」とか「元気出していこう」って感じで、背中を押してもらう時によく聴くアーティストが、今日のテーマ「カルメン・マキ&OZ」先輩です!
一読に要する時間は約5分(Mちゃん計測)。最後までお付き合いください。

カルメン・マキ先輩

初めて聴いたマキ先輩の曲は当時のミリオンセラー「時には母のない子のように」(1969年 寺山修司作詞 田中未知作曲)。僕ら世代は全員そうだと思います。僕よりも10歳ほど上の年齢とは言え、この時わずか17歳。今考えても、17歳の少女が歌う曲ではないような…。でも、とにかく大ヒット!わずか7歳の僕がしっかり覚えているくらい大ヒットした曲でした。
ただ、その時は知っているというだけで、好きかと言われると…。7歳の子どもにはちょっと暗くて怖いという印象の方が強かったかもしれません。

その後、マキ先輩の曲とは出合うことなく小・中学生時代を過ごした僕。歌謡曲やフォークソング(それとクラシックピアノ曲)に浸っていました。そんな僕が、再びマキ先輩の歌声を聴くことになったのは高校生の時。いろんな影響を受けて、徐々にロック少年へと変貌を遂げていた頃。その時に衝撃的な曲に出合いました。

2枚組ライブCDのジャケットと歌詞カード(^^♪

午前一時のスケッチ

その曲は「午前一時のスケッチ」。1972年の「カルメン・マキ&OZ」結成から3年後の1974年にポリドールから出されたシングル曲です。

『午前一時のスケッチ』    作詞・作曲 加治木剛

真夜中の街角 しゃがみこんだ女
ネオンサインの反射で 泣いているのがわかる
雨上がりの東京 昼も夜もなく
動いている 赤茶けた空

うなりをあげるタクシーと いきかう酔っ払い
つれこみ宿屋の 灯りが消える頃
午前1時の 夜の町にゃ
犬の遠吠えさえ 聞こえてこない

大きな声で叫んでみても 誰にも文句は言わせない
悲しい街で かみしめた酒
誰もがみんな うまいという

僕はマキ先輩の歌声にビックリ!僕の知っている女性ボーカリストのイメージとは全く別物だったのです。
力強くエッジの立った歌声。パワフルな歌唱法。退廃的・荒涼感が漂う歌詞のイメージとは裏腹に、伝わってくるのは限りない「生」へのエネルギー。

さらに、バックもすごい!
一気にテンションMAXにもっていく印象的なイントロ。そして、AメロとBメロ、サビへと続くドラマチックな展開。ここでも感じるのは全体から放出される膨大な量のエネルギー。まるで短編映画を観たような気分になりました。

マキ先輩以降、日本語でロックを歌う女性ボーカリストやパワフルな歌い方をする女性ボーカリストが、どんどん輩出されてきたように思います。でも、マキ先輩以前はどうだったのだろう。いわゆる元祖はマキ先輩なのだろうか?
相変わらず音楽にうとい僕にはわかりません。きっと、K-ONのFした先輩ならご存じなのだろうなぁ。今度お会いした時に聞いてみたいと思います。あぁ、覚えていたら…です。

同じくライブCDの裏側ジャケット&歌詞カードの裏面(^^♪

川上茂幸(シゲ)先輩

僕が「カルメン・マキ&OZ」が好きだった理由がもう1つ。
後期のOZサウンドの要とも言えるシゲ先輩のベースプレイへの憧れでした。
数々の有名ベーシストの方々がマキ先輩のバックをされています。どの方もみんな素晴らしい。でも、僕の中ではシゲ先輩がNO.1!マキ先輩のパワフルな声量と声質をこれほど生かし切れるベーシストは他にはいないように思います。

シゲ先輩に憧れて「プレシジョン・ベースを強く弾く」練習をしたこともありました。どうすればあんな風に歪むのだろうと思いながら!
そして、豪快で荒々しいグリス。チョーキングを使った個性的なプレイ。低音からハイフレットの音まで一気に動く独特のフレージング。まさにうなりをあげるベース!数え上げればきりがないくらい、憧れのつまったベーシストでした。

とはいえ、僕にはそこまでのパワフルなプレイは獲得できず。もしかすると、マニアックなベーシストさんが「あれ?じゅんちゃんってOZ好きやった?」って気づいてくれるかもしれないレベルで終わっています。

崩壊の前日

そんなマキ先輩とシゲ先輩が生み出すパワフルな音楽。それは、P・ロジャースとA・フレイザーが僕に与えてくれた感動ととてもよく似ています。音楽という枠組みを超えた逞しくしなやかに躍動する魂の叫び。その圧倒的なパワーに僕もエンパワーされるのだと思います。

好きな曲はすべて。代表曲「私は風」も「閉ざされた町」も「六月の詩」も「風に乗って」も「Image Song」も全部ぜんぶ…。でも、その中で一番をあげるとすれば僕は「崩壊の前日」を選びます。

前へ前へ…と僕を押し出してくれる歌声と演奏。僕は前進する勇気が欲しい時、元気を出していきたい時に「崩壊の前日」を聴きます。そして、この曲に背中を押してもらって前へ前へと進んでいます。きっと、これからも「崩壊の前日」に、マキ先輩とシゲ先輩に力を貸してもらい続けるのだと思います。先輩方、これからもよろしくお願いします!!

追記

ご存じの通り、僕は好きなミュージシャンの音楽的ルーツをさぐることを得意としていた時期がありました。「カルメン・マキ&OZ」と出会った頃もそうでした。
だから、やっぱり外国の女性ロックシンガーで一番好きな人はジャニス・ジョプリンなのです。シャウト型のブルージーなロックシンガー!大好きです!

ジャニス・ジョプリン。安価なベスト版CDです。どこで買ったんやろう?

そしてもう1つ。「カルメン・マキ&OZ」は2018年、川崎クラブチッタ30周年記念イベントに再結成出演!実に41年ぶりの単独公演だったそうです!翌2019年にはファンの要望により追加公演を決定。5都市6公演を行いました。後に発表されたライブ盤の音源(かな?)はサブスクでも聴くことができるようです。僕よりもずっと先輩ですが、変わらぬパワーにまたまた勇気づけられました!僕たちもまずは夏・秋のLiveを全力で楽しみます(^^)/

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
またお越しください!
お待ちしています!

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観客動員 #42

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

昨日、元気ブラザーズあかさんにデザインをお願いした新しい名刺が届きました♪「餃子大王のロゴマークを入れたい!」というリクエストに加えて、ブログのQRコードもつけてくれています。何だかとても嬉しい!!新しいノートや鉛筆を買ってもらった子どもの気持ち?誰に配ろうかな(^^♪

さて、今日のテーマは『音楽』「観客動員」です。学校教職員だった僕がバンド活動から学んだことについて書きたいと思います。
一読に要する時間は約5分(Mちゃん計測)。最後までお付き合いくださいm(__)m

下北沢『CLUB Que』

ようやく東京Liveが決まりました!(詳細は未定です)
【2022年9月25日(日)昼!たぶんいつも通りの12:30スタート♪】

最後の東京Liveはコロナ禍直前の2020年1月5日でしたので、実に2年9か月ぶり!もともとは夏休み期間中をイメージしていましたが、諸々の事情で秋9月に決定!
食欲の秋!芸術の秋!まさに餃子の秋!
でも、お客さん来てくださるかな?懐かしい方々に再会できるかな?これもいつも通り、ワクワク半分・ドキドキ半分です。

ところで、僕たちが出演させていただいているのは『下北沢CLUB Que』。1994年10月にUKプロジェクト(UKP)がオープンさせたライブハウスです。キャパ的には決して大きくありませんが、ロック系を中心に有名バンドを多数輩出した下北沢の老舗&超メジャーライブハウスです。とても今の餃子大王が出演できるライブハウスではありません。

2013~14年 冬の大阪・東京Live 宣伝用?お土産用?特製ステッカー(^^♪

UKプロジェクト

では、なぜ出演させてもらえているのか?
僕たちの1st.アルバムは1989年発表の『Live at The Bourbon House』。最初はLPレコードで発売し、その後CD化された音源ですが、何とこれが“UKPの第1弾音源”!(ちなみに現在はサブスク配信もされています。)

当時は、現UKP社長の遠藤幸一氏が餃子大王をマネジメント。遠藤氏のおかげでいろいろな場所でLiveをすることができました。いつも通りのLiveあり!イベント出演も多数!秋は学園祭!そして、夏休みや冬休みはライブツアーに出発!本当に楽しかったです。

その後、バンドブームの終焉とともに、僕たちの活動もどんどん縮小。自主運営スタイルに戻っていきました。でも、その後もUKPとの関係は継続。今も、UKPの方々は僕たちを温かく受け入れてくださっています。そのおかげで、僕たちは今秋も『CLUB Que』に行けるのです。人のつながりに感謝!

ピンクの方。ツアーしていたのがわかります♪右は無料ライブのステッカー!

トラウマ

5月3日(祝)OSAKA MUSE35周年Liveでかずちゃんが言っていたトラウマの話。同じOSAKA MUSEのイベントに出演させていただいた時のことです。1曲目「フーフー」のイントロスタートと同時に幕が開いていく!けど、視界に入ってくるのは誰もいないフロアと奥の壁だけ…。「えーっ!」と動揺しながらも、とにかく演奏は継続。結局ホールには4~5人のお客さんがいるだけでした。人数で言えば、餃子大王がお客さんを圧倒!
もちろん、4~5人だろうとお客さんがいてくださるのだから、その日は全力で演奏しました。でも、生涯初の経験はなかなか苦い思い出となっています。

缶バッジも作ってた!右は懐かしのバーボンハウス缶バッジ!

オーディエンス

「音楽・芸能の世界は厳しい…」。ずっと思っていたことです。一生懸命頑張っているバンドマンは大勢います。「すごいなぁ!」と思えるミュージシャンも大勢います。でも、そのことと商業的な成功とはイコールではありません。もちろん、売れる法則のようなものがあるのかもしれません。実際にドームやアリーナを連日満員にするアーティストもいるのですから。
でも、それはほんの一握り。小さなライブハウスですら満員にできず、活動そのものを断念していくバンドマンもいます。「昨日まで売れていても、明日のことはわからない…」「好きだというだけではあかんか…」そんなことを思ったこともあります。

現に僕たちも厚生年金会館大ホールワンマンの時は、インディーズながら3000人近い動員をしました。その後しばらくはOSAKA MUSEでも400人ほど動員していましたが、徐々にお客さんは減少。今では50人前後というのが平均的なお客さんの数となっています。だいたい1~2クラスくらい?(時には学級閉鎖になりそうなことも!)

でも、お客さんの数は減りましたが、全力でLiveをするのは当たり前。僕たちのLiveを観に、時間とお金を使ってわざわざ来てくださるお客さんに少しでも楽しんでもらおうと、自分たちも全力でLiveを楽しんでいます!「次も行こう」と思ってもらえるといいなと思いながら(^^♪

学校教職員として

現役教員だった頃、「今日もたくさんの子どもが学校に来てくれていること」に感謝をしようと思っていました。だから、僕たちが一生懸命やるのは当たり前。クオリティの高い仕事をめざすのも当たり前。子どもたちに少しでも学校生活を楽しんでもらえるよう、自分も仕事を楽しもう!そんなことを思いながら、いつも仕事に向き合っていました。

子どもたちはオーディエンスの方々と同じではないかもしれません。でも、僕は子どもたちが毎日登校してくることを当たり前だと思ってはいけないと考えています。義務教育とは言え、まずは子どもたちが「明日も登校しようかな・したいな」と思えるかどうか。そのために学校教職員は努力を怠ってはいけないのです。

でも、僕がこんなことを思えたのは、間違いなく音楽活動のおかげ。音楽業界におられるアーティスト・スタッフ・オーディエンスの方々から学んだことです。だから、自分なりにストイックに授業づくり・学級経営・学校づくりに取り組むことができたのではないかと思っています。改めて、餃子大王の活動を通じて出会ったすべての方々に感謝したいと思います。
まずは7月『南堀江Knave』&9月『下北沢CLUB Que』でのLiveに向けて全力で準備を進めます!みなさんよろしくお願いします(^^)/

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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餃子大王Live #37

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は5月16日(月)。ちょうど5月の折り返し点。早いですね。
今日からまた1週間の勤務・授業スタートのみなさん、ご苦労様です。暑かったり寒かったり…と体調管理が難しい季節です。ストレスマネジメントも含めて、どうぞご自愛くださいね(^^♪

さて、本日のテーマは「餃子大王Live」。一読に要する時間は約5分(僕計測)。最後までお付き合いください(^^♪

今夏のLive

おかげさまで、大阪夏のLiveは、現在の本拠地・南堀江『Knave』にて開催決定!日程は7月23日(土)。18:30スタートの予定です。5月3日(祝)『大阪MUSE』でのLiveに続いて、Knaveでは初となる夜Live♪楽しみです!(^^)!
できれば、7月23・24日の『OSAKA GIGANTIC MUSIC FESTIVAL 2022』(大阪・舞洲)との同日開催は避けたかったけど、仕方がありません。僕以外みんな多忙な餃子大王はバンド内で日程調整するだけでも大変なのです(^^;

東京・下北沢『Club Que』でのLive日程も調整中。8~9月あたりの土日昼ライブを追求しています。
2020年1月5日のLiveからすでに2年以上のブランク!でも、いつも温かい目で餃子大王を見てくださるUKプロジェクト(UKP)さんのおかげで、今回も何とかこの段階までやってくることができました。感謝!あとは、僕たちの日程調整ができるかどうかだけです。2年半ぶりの『Club Que』。行けるといいなぁ。

首都圏Live

餃子大王・東京初進出は法政大学のイベント。その後、新宿ロフトや代々木チョコレートシティなどで何度もLiveをさせていただきました。日比谷野外音楽堂やインクスティック芝浦にも行ったなぁ。
もちろん、東京以外も!川崎・クラブチッタ、横浜・関内7thアベニューなど。群馬県伊勢崎市にも行った!文化会館だったかな?懐かしい思い出です。

そして、今は下北沢『Club Que』にお世話になっています。ご存じの通り、下北沢はUKPさんの本拠地ですので、1994年の『Club Que』開店以前からよく来ていました。アートや音楽などの“下北カルチャー”にあふれた街。そして、今なお昔の東京を感じさせる街。大阪育ちの僕でさえどこか懐かしさを感じる…。そんな街です。

旅と餃子大王

昨日のブログにも書きましたが、旅行に行くたびに僕は多くの街と出合い、人と出会い、その土地の文化に触れてきました。僕の人生、僕の感じ方や考え方は旅の影響を強く受けています。

そんな旅に出るチャンスを広げてくれたのが餃子大王でのLive活動。そのおかげで、僕はいろんな街でLiveを行い、多くの方々と出会うことができました。その街での出来事、感じた空気、ことば、食べ物…すべてが、今の僕につながっています。

「もしも僕が餃子大王のじゅんちゃんでなかったら…」と思うことがあります。
出会うはずのなかった人と出会えたこと。行くはずのなかった街に行けたこと。それらはすべて餃子大王のおかげ。
このブログだってそう。餃子大王のおかげで、今読んでくださっている方がいる。そう思うと、やはり感謝せずにはいられません。
『Knave』『Club Que』を始めとするライブハウス・スタッフの方々。イベントで出合った関係者の方々。そして僕たちを観に来てくださるオーディエンスの方々。多くの方々のおかげで、今の僕がいます。おかげさまで今日もブログを書いています!

『冗談画報』

ところで、先日発掘した『冗談画報』のビデオの話。『冗談画報』は1985年10月~1988年3月までフジテレビが放送していたバラエティ番組です。司会は作家・泉麻人氏と漫画家・桜沢エリカ氏。僕たちはこの番組でトークだけでなくミニライブまでさせていただきました。
それまでは「二足のわらじ」のうち「教員」が話題の中心。そのため、報道系の番組で取り上げられることが多かった僕たち。だから「バンド」要素を強く出していただけた『冗談画報』の方々にはとても感謝しています。

その番組内でのかずちゃんのトークが本日最後の話題です。
「教師のメンバーは忙しいので、新幹線や飛行機で移動しています。明日も体育祭です。」的なことを話していました。確かにその通りです。でも、僕たちは公共交通機関ではとっても運びにくいステージ道具を使っていたのです。

餃子大王・学生チーム

それは、段ボール製の大道具・小道具。大道具は巨大な広島・原爆ドームと長崎・平和祈念像。そして、小道具はサザエさんファミリーとはだしのゲン(中岡ゲン)くん、ブンピッピ&テンテン、そして変身ニワトリキットなど…。
これらは、すべて元気ブラザーズあかさんの作品(変身ニワトリキットを除く)。チープをコンセプトにしながらも上質に仕上がった段ボールグッズは、当時の餃子大王の個性を決定づける重要アイテムでした。小道具はそのまま運搬できますが、大道具は「バラして運搬&現地組立」が基本となっていました。

これら大量の段ボール(しかも粗雑に扱えない!)を運んでくれていたのが、「Gのジロー君」、「元気ブラザーズあかさん&あおさん」の3人。
あおさん所有のマツダ・エチュードに重要アイテムを積み、3人で大騒ぎしながら500km以上の首都圏への旅。きっと全SAに寄ったり、あおさんのエッジの効いたギャグに体力消耗しながら、身体疲労も気にせず、長時間移動をしてくれていたのだと思います。そして、現地到着後は、組み立て作業開始!

他にも、当時のマネージャー・UKP遠藤氏(現UKP社長さん)に誘われて、メンバー・スタッフ分の弁当買い出し作業などに従事してくれていました。ただ学生チームであるという理由だけで、裏方作業までしてくれていた3人。今更ではありますが、感謝したいと思います。

松ちゃんのさらなる活躍に期待!BIGになって武道館に連れてって~!

松本タカヒロくん

そう考えると、のちに加入した松ちゃんはとても楽をしていました。
僕運転の9人乗り日産ホーミー車内では3rdシートが彼の定位置。くつろぎながら漫画を読んでゆったりと過ごします!SAではソフトクリーム食べたりジュースを飲んだり自由に振舞います。いわゆる“ごまめ”?でも、ギター上手かったし、かっこよかったし、まあいいですよね(^^♪

でも、そんな松ちゃんも先日の大阪Liveでは、岩見君と2人で運転しながら東京・大阪間を移動。(昇くんは保険の関係で運転できず)「頑張れる子になったなぁ」と感心させられました。ちなみに帰りは大渋滞で10時間以上もかかったそうです。お疲れさまでしたm(__)m

今夏の東京Live。もしも実現したら、懐かしい人たちに会えるかな。楽しい出来事にも出合えるかな。今からとても楽しみです!日程調整がうまくいきますように!

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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ロックかな? #32

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は5月11日(水)。予報通りの雨の朝。
そろそろ梅雨入りするのかなぁ(T_T)
1年のうちで最も苦手な季節の到来です。早くスカッと晴れ渡る青空と夏らしいもこもこの雲が見たいです!と言っても、夕立やゲリラ豪雨はもちろんNO!NO!
夏休みの解放感とリンクする夏の雲が好きなだけです♪
って、365日が休みですけどね(^^;

さて、今日のテーマは夏休みによく行った僕のいなか、九州にまつわるお話です。テーマは「ロックかな?」。もちろん『音楽』カテゴリーです。どうぞお付き合いください。
※一読に要する時間は約4分30秒(僕計測)。

道端のマーガレット(I本君のFacebookより)いつものように和んでください(^^♪

僕の音楽的生い立ち

以前にも書いた通り、僕は昭和歌謡や童謡を聴きながら幼少期を過ごしました。そして、ロックとの出合いは高校2年。以来、Free、Zeppelin、Purple、Eaglesなどロックバンドの曲を聴き、ベーシストとしての自分のプレイに大きな影響を受けました。さらに、P・ロジャースをきっかけにR&BやBluesとも出合い、音楽の幅を広げることもできました。

ただ、高2でロックと出合う直前に聴いていたのは、いわゆるフォークソングやニューミュージック。イメージ的には、繊細・知的って感じのさだまさし先輩やオフコース先輩、小椋佳先輩などが中心です。(例外的にアリス先輩は聴いていた)
なので、どちらかと言えば大音量のロックは苦手だと思っていました。その僕が、どうして違和感を持つことなくロックの世界に入っていったのだろう。ふと疑問に思って、いろいろと思い出してみました。

中学~高校時代の弾き語り用ノート。さだ先輩とオフコース先輩が隣り合わせ(^^♪

いとこの存在

これも以前書きましたが、僕の両親は九州・熊本の出身です。子どもの頃の僕は長期の休みになると、しょっちゅう人吉市や熊本市に泊まりに行っていました。もちろん、熊本から大阪に遊びに来るいとこ達もいました。

仲良くしていたいとこ達のほとんどは僕よりも年上で、いろんな影響を与えてくれました。情報源はもっぱらテレビ・ラジオだった僕にとって、テレビ・ラジオ以外の音楽情報や若者文化を教えてくれるいとこ達の存在はとても貴重でした。

そのいとこの影響で出会った2組のミュージシャン。この先輩たちとの出会いが僕とロックをスムーズにつなげてくださったのではないか。僕はそんな仮説を立てています。ただし、何をもってロック的要素有りとみなすかは人それぞれ。「えっ?」という疑問があってもご容赦ください。

人吉での出合い

父の実家は人吉です。今は廃業しましたが、以前は大きなスーパーマーケットを数軒経営していました。僕は、この人吉というのんびりした土地柄が好きで、休みごとに長期滞在していました。そして、そのたびに新譜のレコードを聴かせてくれるいとこ達。その多くの曲の中で最も衝撃を受けた曲が「断絶」。九州・福岡出身の井上陽水先輩の曲です。調べてみると「断絶」のリリースは1972年5月。小6の夏、初めて陽水先輩と出会ったということになります。

とにかく聴いたことのないサウンド。曲も歌い方も!かっこいい陽水先輩に憧れた僕は、それ以来、かぐや姫先輩派にも吉田拓郎先輩派にも属さず、陽水先輩派一筋でした。高校の頃まで「東へ西へ」「氷の世界」「青空ひとりきり」「闇夜の国から」などをよく歌っていました。(もちろんKeyを下げて)

陽水先輩!右側が1冊目のノート。原点です♪

大阪での出合い

母方のいとこは女の子が多く、何となくアイドル志向だったように思います。当時の音楽シーンはアイドル全盛期。『新御三家(郷先輩・西城先輩・野口先輩)』や『花の中三トリオ(山口先輩・森先輩・桜田先輩)』がいつもテレビに出ていました。僕も歌謡曲が大好きで、付録の歌詞本目当てでアイドル雑誌的な『平凡』と『明星』を買っていました。どこの出版社だったのだろう?平凡出版と集英社かな?

そんな僕にいとこが聴かせてくれたのが、テレビで見るアイドルの曲ではない「心の旅」と「魔法の黄色い靴」。同じく九州・福岡出身のチューリップ先輩の曲です。陽水先輩との衝撃の出合いから約1年後のことです。おそらくGS以外で初めて聴くバンドの曲に、またまたカルチャーショック!歌が大好きでピアノやギターを弾いていた僕が、吉田彰先輩ではなく、財津和夫先輩や姫野達也先輩に憧れたことは言うまでもありません。その後も、「せめて最終電車まで」「青春の影」「あのバスを停めて」などをよく歌っていました。
※「夢中さ君に」は「魔法の黄色い靴」の誤りでした(^^;

チューリップ先輩!左側が1冊目のノート。ピアノ譜です(^^♪

ロックへの憧れ

井上陽水先輩とチューリップ先輩の音楽との出合いが、僕をロックへスムーズに移行させてくれたのかもしれません。もしかすると、他にも当時の僕の音楽志向に影響を与えてくださった先輩方がいるかもしれません。また、ふと思い出した時にはみなさんに報告したいと思います。

今、レッスンルームに流れているのはチューリップ先輩の「サボテンの花」。コロナの終息もまだまだ不透明。心配なことや疲れることもたくさんありますが、明日は今日より素敵な日になると信じて、一歩一歩前進しましょう!餃子大王も夏のライブを計画中!またみなさんにお会いできる日を楽しみにしています(^^)/

この長い冬が おわるまでに
何かをみつけて生きよう
何かを信じて 生きてゆこう
この冬が おわるまで
(作詞・作曲 財津和夫 「サボテンの花」より)

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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音楽の力 #25

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

昨日は大阪MUSE35周年「餃子大王vsタートルズ」へのご来場ありがとうございました!ライブ明けのぼんやりとした頭で、昨夜の楽しかった思い出を回想中♪
今日の小論文は『音楽の力』。どうぞお付き合いください!
※一読に要する時間 約4分…Mちゃん(妻)計測による(^^)

音楽イベント復活

今年は3年ぶりに各地で音楽イベントが復活。僕の住んでいる北摂地区では、「高槻ジャズストリート」開催中!高校・大学時代の仲間たちの多くが「高槻ジャズスト」を満喫しています。FacebookやTwitterにあふれるたくさんの笑顔。きっと皆さんの周りにもそんな方がたくさんいらっしゃることでしょう。2年前、全くライブができなかった頃のことを考えると夢のようです。

大阪MUSEの案内板!たくさんのお客さんが来てくださいました(^^♪

コロナ禍の音楽活動

コロナ拡大当初は、職業ミュージシャン(って合ってる?)の方々も一斉に活動自粛。プロでさえ、配信中心などで何とかライブ活動を再開するのに数か月かかったかもしれません。ましてや、僕たちは公務員・会社員!コンプライアンス上、再開は困難でした。特に、餃子大王はほとんどが官民の管理職。より高い意識を求められるため、練習再開すら厳しい状況でした。

でも、このしんどさはプレイヤーだけでなくライブハウススタッフやオーディエンスの方々も同じだったと思います。
ここ数年の大阪。それでなくても、伝統芸能や大衆芸能などの文化継承が困難な状況が続いていました。そこに追い打ちをかけるかのようなライブハウス存続の危機!営業努力を積み重ね、音楽を愛する多くの人たちの思いを支えてくれていたライブハウス。バンドブームが去り、経営自体が厳しい中、スタッフのパッションだけで頑張ってくれていました。だから、実際に何軒ものライブハウスが倒産・閉鎖になったことは、今でもとても残念に思っています。

大阪MUSEの楽屋で餃子大王集合写真!いわゆるアーティスト写真です♪

餃子大王とライブハウス

ところで、餃子大王のライブハウス活動歴は35年以上になります。僕の加入後だけでも、大阪・東京はもちろん、京都・神戸・名古屋・横浜・福岡・福山・岡山・高知など各地のライブハウスにお世話になってきました。その感謝の気持ちと音楽文化を残したいという思いから、僕たちも微力ながら、お世話になっていたライブハウスへの支援活動を行いました。

そんな中、まる2年ぶりとなった2022.1.9南堀江Knaveでのライブ!そして昨日の大阪MUSE35周年ライブ!徐々に戻りつつある日常に心から感謝したいと思います。そして、数々の音楽イベントの中で、僕たちのライブを選んで来てくださった方々に感謝です!もちろん、大阪MUSEスタッフの方々にも!本当にありがとうございました!

感謝するということ

深夜の帰宅となった昨日ですが、そんな気持ちでまずは「かずちゃんからの宿題」対応。お越しくださった方々のFacebookやTwitter書き込みに対してお礼の言葉を返信しました。
今朝は、体力の回復を最重要課題ととらえ、できるだけ遅起き!もう高齢なので!
で、そのまま昨夜の返信作業を再開。とはいえ、Facebook・Twitter初心者のため、すべての方々にお礼が伝えられたかどうかは自信がありません。この場をお借りして、改めて厚くお礼申し上げます!ありがとうございました!

ところで、ライブの方はおかげさまで大盛況!タートルズが東京から来てくれて本当に良かったです!これまで意外なほどしていなかったタートルズとの対バン。仲良しなのに不思議です。その分、お客さんに楽しんでいただけたようでとても嬉しかったです。
そんな楽しい気持ちは僕たちメンバーも同じ。餃子大王もタートルズも、久々の再会を喜び合うことができました。やはり、そんなチャンスを与えてくださった大阪MUSEの方々に感謝です!もちろん、大阪MUSE35年の歴史をつくってくださった数々のバンドマンとオーディエンスの方々へも!

ライブの最後はみんなで「バイバイタートル&餃子大王」演奏!楽しかった!

教員の力

僕は教諭時代から、教員は子どもたちにとって「ただの通りすがりの人にすぎない」とよく言っていました。その子の人生に何の責任も持たない(持てない)教員。もちろん、一生そばにいて指導・助言することなんてできません。
だから、これは自戒の言葉です。「ただの通りすがりの人に過ぎない教員」が、「上から目線で、偉そうに子どもの人生を左右するような指導をするな」という考えに基づいています。ただ、不思議なことにそういう謙虚な気持ちでいる教員の方が、実際には子どもたちの人生に大きなプラス影響を与えていることが多いのです。この言葉には他の意味(マイナス影響)も込めていますが、それはまたいつか。

タートルズのVo&G 松本タカヒロくん!また一緒にやろうね~!ありがとう(^^)/

音楽のちから

いつだったか読んだ坂本龍一先輩の「音楽の力という言葉」に対する考え。そこには「音楽の力で被災地を元気に…という言葉に強い嫌悪感を感じる」ということが書かれていました。もちろん、坂本先輩と言えば、「音楽の力」で国内はもちろん世界中に強い影響を与えた方です。その方をもってこの言葉!坂本先輩の「嫌悪感」は「おこがましいと思う心の表れ」であり、それはまさに「謙虚さ」そのもの。僕はそう思います。

坂本先輩がおっしゃる通り、音楽の力だけで人生や社会が変わるとは思えません。でも、音楽が「時間・空間を共有する場」となり人々をつないでいることは事実です。そして、そこでは間違いなく「心の交流」が行われています。時には笑顔で、時には涙を流し合って…。僕たちの小さなライブイベントだってそうです。「音楽の力」とは、それ自体でなく、そういうことなのかなと僕は思います。

今日も各地でGW期間の音楽イベントが続いています。ライブ疲れの僕は自宅で休養しますが、FacebookやTwitterを通じて、心の交流を楽しんでいる多くの方々の笑顔に出会えることを楽しみにしています(^^♪

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
またお越しください!
お待ちしています!

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今も夢を見てる! #23

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

いよいよ明日になりました!
大阪MUSE35周年『餃子大王vsタートルズ~すっかり大人になったのね~』。
2年ぶりのライブとなった南堀江Knaveから4か月。またまた久しぶりのライブとなりましたが、「ライブできるようになったなぁ…」が実感。変わらず応援してくださる方々に感謝しています。

「ドキドキ」

何かドキドキすること ないかっていつも思ってた
16の時に見た 奴らのバンドのステージ
ボクの小さな夢は その時ころがりだした
今じゃ手がつけられない こんなにでっかくなったぜ
もう走れないよ なんて思うこともあるさ
だけどあきらめない ボクらまだ翔びたってもいない
 今も夢を見てる ボクらはずっと
 変わっちゃいない あのころのまま
 初めて人前で歌ったAll My Loving
 駅前サ店のステージ

この曲は餃子大王5枚目のアルバム『GOGO』に収録した「ドキドキ」。もちろんモデルはかずちゃんですが、メンバーみんな同じような経験・思いをもっています。

高2の文化祭

僕が初めてバンド(?)のメンバーとして人前に出たのは高校2年の文化祭。それまでもフォークグループとして人前で歌ったことや演劇部員としてお芝居をしたことはありましたが、バンドスタイルは初めて。
とはいえ、今の高校生のようなレベルでは全くありません。バンドとしてのコンセプトやこだわりもありませんし、僕たちはパートも適当でした。

今から45年ほど前のことなので記憶は曖昧。メンバーさえきちんと思い出せません。ただ、メンバーには直接の友達ではなかったOくんもいたので、きっとドラムスのMくんにでも誘われたのだろうと思います。Mくんは以前紹介した「おれギター買ったから、ベース買わへん?」と僕にベースを勧めてくれた人。結果的に、僕の人生に大きな影響を与えた人なのです。(それはそうとM君。何でギターじゃなくてドラムなんやろ?)

昨日の餃子大王・練習風景♪相変わらずマスク着用。歌いにくい…。

演奏の記憶

そんな感じで集まったメンバー。それでもバンドをやったのは、きっとそれぞれの希望曲がやれたからだと思います。
ちなみに、記憶に残っている曲はチャー先輩「気絶するほど悩ましい」、八神純子先輩「思い出は美しすぎて」、そしてチューリップ先輩「せめて最終電車まで」だけ。ホントに各自がしたい曲を持ってきた感満載!他にも演奏したかもしれませんが、高校の文化祭だとこんなものかもしれません。

僕のベーシストデビューは「気絶するほど悩ましい」。「思い出は美しすぎて」はキーボードを弾いた気もします。なぜなら僕は、幼少期から鍵盤楽器を習っていたので、当時はベースよりもキーボードの方がはるかに上手だったのです。

高3の文化祭

この小さな経験が僕にバンド活動の楽しさを教えてくれました。翌年、高3の文化祭ではMくんやHくん、Zちゃんらとロックバンドを結成。ステージは剣道場。和テイストいっぱいの場所でしたが、たくさんの友達が観に来てくれました。 相変わらず、セットリストについては記憶なし。覚えているのはFREEの「Wishing Well」とLed Zeppelinの「天国への階段」。もしかしたらDeep Purpleの「Speed King」もやったかも?
この日はベーシストとして出演しましたが、「天国への階段」だけはボーカルをしました。僕の中でのNO.1ロックボーカリストはポール・ロジャースですが、ロバート・プラントのハイトーンボーカルも大好きでした。ライブ版のアルバムを何度も聴いて、完コピを目指していたことを覚えています。

久しぶりにフルメンバー揃いました!(Mちゃん撮影♪)

浪人時代

どんどんバンド活動にはまっていった僕は、浪人時代もMくん、Hくんらとともにロックバンド「雅」を結成(高3の時も「雅」だったのかな?)。定期的に練習をしました。受験生がバンド活動をすることを親はとても心配していましたが、僕たちは10月に吹田・井村楽器で自主コンサートを開催。この時もたくさんの友達が来てくれました。それ以来、ライブはバンド、お客さん、スタッフみんなで時間と空間を共有して創るものだと思っています。

ちなみに、予備校さえほとんど行かなかった僕は、このコンサートの後、ようやく完全受験モードに突入。年明けの共通一次テストまでひたすら勉強しました。

数量限定の特製記念グッズです!Tシャツは1種類のみ。トートバッグは2色展開!

大阪MUSE35周年

一昨日は興先輩と後輩・Kちゃんのライブを観ました。そして、明日はスーパーベーシスト道太郎君と共演!しかも、会場にはテクニシャンYuziBrian絵野先輩が来て下さる!「ベース、上手に弾きたいなぁ」なんてついつい思ってしまいます。

でも、「ドキドキ」の歌詞通り、ここは初心にかえろう!
いつも通り、まずは大好きなライブができることに感謝!餃子大王のメンバー&タートルズと一緒に楽しいライブを創ります。僕は、夢見る還暦ベーシストとしてステージに立つために、今日は練習よりも早寝に努めたいと思います!
(夜のライブ、おねむになりそう…。遅起きの方が良いのか…?)

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音楽

茨木音楽祭(いばおん) #22

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今日は5月1日!あっという間に定年退職から1か月が経過しました。早いなあ。
4月、平日のルーティンは、朝夕のMちゃん(妻)送迎とブログ更新作業の2つ。そこに、家事や用事をプラスというパターンで毎日過ごしていました。土日は送迎の代わりに二人で買い物。餃子大王のリハーサルもほぼ毎週やってきました。

もちろん、退職前に「やろう!」と思っていたことの全部はできていません。たとえば、任天堂の『リングフィット』で毎日運動するとか、写真を撮りに出かけるとか。
でも、優先順位1番だったブログ開始は予定通り!公開開始は4/12でしたが、4/8にはWord Press設定完了。記事を書き溜めていました。内容など、まだまだ要改善ですが、苦手なPC作業から逃げずに頑張った自分を褒めています(^^♪

Facebook・Twitterへの毎日投稿も計画通り。かずちゃんに頼りっきりだった餃子大王情報のSNS発信にも努めています♪何せ2年後は「餃子大王メジャーデビュー計画発動」なので(^^;

ただ、無収入になったので、ホントは遊んでいる場合ではありません。でも、退職前に行動基準を2つ決めてしまったのでどうにも仕方がないのです!
1つ目は恩返しとご奉仕。「誰かの役に立つか?」「喜んでもらえるか?」を行動基準にしています。そして、もう1つは「やろうかな?と思ったら即行動」です。今のところは概ねOK!合格です!

茨木音楽祭(いばおん)

今朝はあいにくの天気。午前中の早い時間帯には回復しそうですが、GWが始まり、各地で音楽イベントが開催されているのでちょっと心配しています。コロナの影響で中止になっていた数々の音楽イベント。今日は荒天のため中止なんてことにならないように祈っています!

Facebook・Twitterにも投稿しましたが、昨日は地元茨木市の音楽祭「いばおん」に行ってきました。いろいろ予定があったので、見ることができたアーティストは2組だけでしたが、とても素敵な時間を過ごすことができました。

房之介先輩と興先輩

まずは、中央グランドに特設されたFMCOCOLOステージで近藤房之介先輩&清水興先輩のLiveを堪能。房之介先輩のソウルフルな歌声と情感たっぷりのギタープレイ。改めてBluesが魂の音楽であると再認識。たったお二人のステージなのに、そこには足らないものも余計なものもありません。シンプルな完成形。聴く者の魂をも震わせてくれるプレイに心も体もゆらゆらしっぱなしでした。

そして、ベーシスト必見・必聴はもちろん興先輩!もちろん『ナニワエキスプレス』でのプレイも最高です!でも、こういうユニットの興先輩は本当にすごい!
フレットレスのエレアコベースから生み出される音・フレーズは興先輩の魂そのもの。超絶テクの興先輩ですが、それは最終のアウトプットの話。豊かな感性とほとばしる情熱…。そういう熱い魂・思いこそが、興先輩の本当の凄さなのだと思います。

七味線ブラザーズ

2010年の夏、『道頓堀Zaza Pocket’s』で故國本武春先輩と興先輩のユニット『くいだおれ太郎presents七味線ブラザーズ』のシャミ・ファンクLiveを拝見しました。國本先輩は知る人ぞ知るすごーい浪曲師。歌は抜群!三味も抜群!MCまでもが抜群!そして、國本先輩に呼応する興先輩渾身のプレイ!ただただ「素晴らしい!」の一言でした!

昨日は、房之介先輩と興先輩の圧巻Liveに、あの日の感動がオーバーラップ…。上質の音楽に再び触れる、至福のひと時を味わわせていただきました。感謝!『七味線ブラザーズ&房之介先輩』の「十三味線ブラザーズも観たかったな」と思いつつ、会場を後にしたのでした。

SIZUCO

次の目的地は『Live music & Bar Vaughan』。中央グランドからJR茨木方面に歩いてすぐのビルの5階。ここでのお目当て『SIZUCO』さんは今日が初ライブ。Bette Midlerの「The rose」やBONNIE PINKさんの「Heaven’s Kitchen」など、ハートウォーミングな曲を聴かせてもらい、ここでもゆらゆら♪

ところで、『SIZUCO』さんを聴きに来た理由はK-ONの後輩ベーシストKちゃんが出演するから。教員をしながら数々のバンドで活躍する彼の良さは何と言っても人柄なのだろうと思います。昨日もVocalの良さを引き出すSoulful&歌うベースプレイを聴かせてくれました。ほんと、いいベーシストやなぁ。

プレイヤーの内面

興先輩とKちゃん。メジャーとインディーズ。今、立っているフィールドには大きな違いがあります。でも、熱い魂・素晴らしい人柄…。プレイヤーの中にある内面的要素こそが聴く者の魂に音を届ける…と実感した1日でした。

餃子大王のライブもいよいよ明後日!本日は16:30からフルメンバーでの最終ゲネプロの予定です。僕も誰かの魂に届く演奏ができるように、まっすぐで美しい心でステージに向かおう!って無理か…(^^;

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音楽

ポール・ロジャース #20

みなさん こんにちは!
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今日からGWスタート!でも、今日の僕は大忙し!午前中は神社の年次祭で司会を務めます。そして、午後は結婚式に出席。職場の元上司としてお祝いの言葉を述べさせていただきます。ということで、今日は朝からブログアップします!

数日前のこと。大教大K-ONの後輩ギタリストMaちゃんがFacebookに『FREE』の「Stealer」を演奏したという話を投稿してくれました。『FREE』と聞いたら黙っていられない僕はすぐさまコメント投稿。そこに、同じくK-ONのFした先輩も加わり、ちょっとした『FREE』談義が展開されました。楽しかった(^^♪

『生FREE』

何とFした先輩は、ELPがメイン・アクトだった甲子園でのコンサートに行き『生FREE』をご覧になったとか!すごい!うらやましすぎる!
その時のベースはアンディではなくテツさん。コゾフもいなかったけど、代わりにラビットがキーボード。たぶんギターはウェンデル?
そして、ボーカルはポール!ドラムスはカーク!すごい!やっぱり観たかったなぁ…『生FREE』。

※注1 『生FREE』は第三のビールではありません。
※注2 「フリー ラビット」で検索するとウサギフードが出てきます!ご注意を!

僕は4/13の「ロックから受けた影響」にこんなことを書きました。
「僕の音楽性に大きな影響を与えてくれたのは、むしろポール・ロジャース。『FREE』 のVocalistです。ポールについては、また今度書いてみたいと思います。」
なかなか書く機会を作れていないなぁ…と思っていた矢先に見つけたMaちゃんの投稿。これはチャンスと思って、本日ようやくチャレンジに至りました(^^♪Maちゃんありがとう!!Fした先輩ありがとうございます!

持っているはCDは2枚だけ。小屋根裏部屋にはLP全部あると思うんだけどなぁ。

ポールのShout!

歌謡曲からスタートし、フォークソング、ニューミュージックと流れてきた僕。高校時代にブリティッシュハードロックと出合い、さらに大西洋を渡ってアメリカ大陸へ…。ウエストコーストを中心としたアメリカンロックと出合ったあたりまでは書きました。
ちょうど同じころに出合ったもう1つのブリティッシュバンドが『FREE』。20歳そこそこのアンディの天才的なベースに感動しましたが、より衝撃が大きかったのはポール・ロジャースのボーカルでした。

とにかくパワフル!しかも、聴いたことのない歌い方!「何か“アウッ”とか“ウッ”とかいっぱい言うてる!何これ!」。もちろんShoutやSoulfulという言葉も知らなかった僕は「しぶい!かっこいい!」という平べったい言葉でポールの歌を表現していました。

“アウッ”とか“ウッ”とかが気になる僕は、またきっと誰かに教えてもらったのでしょう。そうでなければ、ライナーノーツでも読んだか?とにかく僕は、ブリティッシュロックの雄『FREE』のポールは、何とアメリカ大陸の音楽の影響を受けているらしいことを知りました。そうして、ブルースやリズム&ブルースに興味を持ち始めた僕は、カリフォルニアからさらに南下。最初に誰の何という曲を聴いたのかも覚えていませんが、確かに“アウッ”とか“ウッ”とかがたくさん。「これだ!」と思ったのでした。

ポールはOTIS REDDINGに大いに影響を受けたそうです!

1回生の頃

その後、僕は大学生になり、K-ONに入部しました。入部後は、さっそくバンドを組んで5月頃のイベントにも出演。1・2回生で組んだバンドの名前は『いきなりせっけん箱』。「インパクトがある名前!」「考えさせる名前!」をコンセプトにみんなで決めました。『餃子大王』といい『ポルノグラフィティ』といい、大阪拠点のバンドはどうしていつもこうなのでしょう(^^;ちなみに当時の僕のイチオシは『今夜のおかず』でしたが、合格を勝ち取ることはできませんでした。

このバンドでライブをしたのはたぶん1度だけ。『UFO』の「Doctor Doctor」を演奏したかと思えば、次は『Doobee Brothers』の「China Glove」…みたいな感じで、やりたいことがばらばらだったのです。他にも理由はありますが、とにかくあっという間の解散でした。

このあたりの曲はたくさんコピーしましたが、グルーブ感はなかなか出ない!

R&Bバンドへ

バンド結成と解散を誰よりも早く経験した僕たち。メンバーはみんな次のバンドを探していました。ちなみにこの頃の僕は2回生になったら、浪人時代のバンド『雅』を再結成するつもりでしたので、1年間だけできるバンドを探していました。

そんな僕に声をかけてくださったのが3回生のKい先輩。「俺たちはリズム&ブルースをやるから、平井ベース弾かへん?」というような言葉でスカウトしていただきました。
バンド名は『マンション3LDK』。ちょっと引きましたが、それでも即OK!
「バンドやりたい!しかも、“アウッ”とか“ウッ”とか言うはずのR&B!Kいさん、“アウッ”とか“ウッ”とか言わはるやろな♪」と期待に胸膨らませた1回生の初夏。懐かしい…。

それから『Blues Brothers Band』の曲など、いろいろな曲を演奏させてもらいました。大阪大学Swingの方がHorn Sectionとして加わってくれることもあり、とても良い経験になりました。ライブハウスにも初めて出演しました。

泉州の魂?ある意味NO.1 SOULかと(^^; 

僕の音楽的背景

自分でもいろいろな曲を聴きました。Otis ReddingやSam Coock 、Sam&Dave、Booker T.& The M.G.’sなど…。初めてB.B.Kingを聴いたときはビックリ!ボーカルやけどギター弾きまくり!目立ちすぎ!しかも“アウッ”とか“ウッ”とかのShout多すぎ&すご過ぎ!これもまた衝撃でした。

外国旅行ではファドやシャンソンなどいろんなCDも買いました。今はどこに…。

僕は今もブラックミュージック(という言葉は差別的だという方もいますが)をリスペクトしています。最初はR&BやR&Rから聴き始めましたが、今ではジャズもラテンもボサノヴァも聴きます。そんな音楽的背景が、R&Rバンドである『餃子大王』に僕を加入させたのだと思います。だから、あの日『FREE』に出合っていなければ、僕はまったく違う人生を歩いていたはずです。今の人生を楽しいと感じている僕は、改めて『FREE』と出合えたことに感謝したいと思います。

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二足のわらじ #14

みなさん こんにちは!
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今日のテーマは「二足のわらじ」。カテゴリーは音楽です。最後までお付き合いください(^^)/

1978年の秋、高校2年生の文化祭。僕は初めてバンドスタイルでステージに立ちました。あれからもう少しで44年。その間、3ヶ月だけバンド活動を休止しましたが、それ以外はずっと途切れることなくバンド活動を継続しています。

あかさんデザイン「LIVE AT THE BOURBON HOUSE」ジャケット。サブスクでどうぞ!

バーボンハウス

餃子大王の人気絶頂期。本当に大勢のお客さんが来てくださいました。僕たちのホームは大阪梅田のバーボンハウス。百又ビルの地下にありました。だいたい二部制(2ステージ)でやっていたように記憶していますが、時にはライブハウスに入りきれないほどのお客さんが押し寄せ、百又ビルは階段まで人であふれていました。インディーズだけどメジャー並みの勢い…。若さもあって一番好き勝手に暴れまくっていた頃かもしれません。
今は…。「すっかり大人になったのね」と言えるくらいには落ち着きました。

すっかり大人になった僕たちをご覧ください!タートルズも素敵な年齢に♪

二足のわらじ その1

この頃は「二足のわらじをはいている」と言われていました。テレビやラジオ、新聞・雑誌でも取り上げていただきましたが、同時に「公務員の兼業・副業禁止」規定への抵触も取り沙汰されました。実際に、府教育委員会~市教育委員会~校長というルートでの調査・指導もありました。僕の当時の上司はO校長先生。とても豪快かつ知的な方でした。O校長先生からは質問1つと指導が1つのみ。「収入あるのか?」「儲けるなよ」とだけおっしゃいました。

O校長先生の指導に対して、当時の僕は「あまり言われなくてよかったな」くらいにしか感じていませんでしたが、今はそのすごさが分かります。僕も校長をしていましたが、教職員に対して同じ対応ができただろうか…
O校長先生からは、他にも多くのことを教わりました。でも、それは「教育」の話題の時にまた書くことにします。何と言っても、僕の教員としてのあり方に大きな影響を与えてくださったO校長先生の言葉。大事に書いてみたいと思うからです。

二足のわらじ その2

「二足のわらじ」についてもう1つ。担任をしていた頃、多くの保護者の方から「教師とバンド活動、両方されているなんて!すごいですね!」みたいなことをよく言われました。でも、その質問にはいつも「そうかなあ…」と思っていました。
僕の周りにはゴルフが趣味、パチンコは副業、仕事帰りはまず一杯という先生がいました。キャンプや料理、カラオケ、ショッピングが大好きという方もいました。休日はもちろん、毎日のオフタイムには好きなことに時間を費やし、楽しんでおられたのだろうと思います。
それに比べて、僕たちのバンド練習はせいぜい週末1回2時間程度。「毎日飲みに行く方が大変やろ」と僕は思っていました。

そもそも、餃子大王を「教師がバンド活動をしている」という認識でとらえること自体がすでに誤りです。餃子大王は「バンド活動をしていた若者が教師になった」バンドにすぎないのです。

B.G.とA.G.

その後もバンド活動を順調?それなりに?続けた僕。気がつけばステージに立ち続けて43年半になりました。そんな僕のターニングポイントはやはり餃子大王への加入。つまり、僕のバンド人生は『餃子大王以前(B.G. Before Gyoza)』と『餃子大王以後(A.G. After Gyoza)』とに分けることができるのです。

ところで、僕の記憶力が低下している、過去の記憶が薄れていっているという話はしました。かつてIQ160を誇った僕も、今、何のためにそこに来たのかわからなくて立ちすくむことが増えました。本当に困ります!
僕から生まれたたくさんのBassフレーズたち。演奏中に突然、僕の中から消えてなくなることが増えました。本当に迷惑しています!

ですから、今のうちに僕のバンド人生を振り返ってみたいと思うのです。その時々に僕は何を感じたのか。そして、それは僕の考え方にどんな影響を与えたのか。これから少しずつ綴っていきたいと思います。
って、まるで終活!自分史やん!

ということで、次にこのテーマで書くときはたぶん「B.G. 高校2年~」になると思います。ただし、その時に今日のことを覚えていれば…の話です(^_-)-☆

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餃子大王加入! #12

みなさん こんにちは!
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今日は僕が餃子大王に加入したいきさつについて書きたいと思います。理由は、記憶がどんどん薄れていっているから!「そんなの忘れる?」ということまで忘れていきます。昔のことは覚えていると言いますが、僕にはあまり当てはまらないようです😢
先日も、自分が何年幼稚園に通っていたか「?」となり、母に確認したところです。1年保育…かろうじて正解でした…。

餃子大王誕生の頃

餃子大王は1983年、大阪教育大学軽音楽部(通称K-ON、Nはホントは鏡文字)で誕生しました。結成当時のメンバーは4人。Vo&Gが森かずお君(1回生)。Dsはしげお君(1回生)。もう一人のGは「ギターの神様」わたるちゃん先輩(4回生)。そして、超絶プレイのBは大将先輩(回生不明)。

その頃の僕は3回生。『Lip Service』 というレゲエバンドをやっていました。2回生にはかめお君もいましたが、彼がやっていたバンドは『デラ』。何というか意味不明なバンドでした。さらに、謎の女キムチさんも1回生。『ルナティックドール』という女性バンドを組んでいたような気がします。違った?

餃子大王の音楽

餃子大王は、メンバー4人のうち半分が1回生とは思えないパワフルで独創的なプレイをするバンドでした。フレーズ面の独創性は先輩2人の力が大きかったのですが、曲そのものの独創性はむしろ1回生2人の力。2人の先輩方も異口同音に「森もしげおもすごいで!」とおっしゃっていたことを思い出します。コピーバンドが主流のK-ONの中で、オリジナル曲で勝負する餃子大王。その存在は異色でした。

ただ、僕は餃子大王には興味が持てませんでした。理由は3つ。
①パンクバンド?という印象。僕はパンクが好きじゃなかった。
②歌詞が下品な上に、ステージングも好きじゃなかった。
③K-ONでの派閥違い。僕は主流派の体育会系派閥だった。

加入の誘い

僕は大学6年間をK-ONで過ごしただけでなく、卒業後も1年間、学外部員としてフュージョンバンドを組んでいました。「K-ONもいよいよ引退やな…。」と思っていた1988年3月。突然、かずちゃんからの電話。当時のことだから家電?よく電話番号知っていたなぁ。

今度ヤマハのコンテストに出るので、餃子大王に入ってもらえませんか?一緒に武道館に行きましょう!」と熱く誘ってくれるかずちゃん。
「でも、餃子の音楽好きじゃないしなぁ。下品やん。」と僕。
「まあそう言わんと、一回スタジオに来てください!」
何度かのやりとりののち…。
「そしたら一回だけ見に行くわ」
「ぜひベースも持って!」

そうして向かった先は大阪市西成区。ハードコアやパンクなどエキセントリックな音楽で有名だった大阪伝説のライブハウス『エッグプラント』
「やっぱりパンクか…」と思いながら、聴かせてもらった(というかベースを弾かされた)曲の1つが「させて」。後日、NHK出演時には放送コードにしっかり引っかかりましたが、品のないタイトルとは違い、曲はポップなロックンロール。「ちょっと曲想変わったか?思ったほど悪くないな」というのが僕の感想。そのまま加入することにしたのでした。

YAMAHA BAND EXPLOSION

結局、「はだしのゲン」(中沢啓治先生の名作漫画をモチーフにした曲)で挑んだBAND EXPLOSIONでは世界大会に進むことなく、人気大賞受賞で終了。「ん?武道館は?」。

まあ、コンテストだっていうのに、ピンクレディーの名曲「渚のシンドバッド」(作詞:阿久悠先生、作曲:都倉俊一先生)をSEに、ステージセットとして持ち込んだ原爆ドームや平和の像(いずれも段ボール製 あかさん作)の後ろからポンポン持って登場したしなぁ。エントリー曲以外にも、なぜか「俺はジャイアン」(藤子・F・不二雄の名作漫画「ドラえもん」をモチーフにした曲)もやったしなぁ。そんなふうに好き勝手やっていましたので当然の結果ですよね。

でも、人気大賞の副賞だった合歓の里でのソノシートの録音・制作!楽しかった!ヤマハのモニターとして楽器の提供も受けました。僕はBB2000!そして、何よりも、バーボンハウスを始めとするライブハウスへの出演回数がどんどん増えたことが嬉しかった!その後、僕たちはバンドブームの強烈な追い風に乗り、ついに東京進出も果たしたのでした。

これからの餃子大王

2024年3月。メンバーの多くが定年退職を迎えます。30数年前、悩みながら選択しなかったメジャーデビューに僕たちは挑戦する予定です。

そう言えば、かつて情熱を持って指導した「沢池ミニバスケットボールクラブ」の横断幕には「夢に向かってLet’s Try!!」と入れていました。

もう一度メンバーと、そして変わらず応援してくださるファンの方たちとともに武道館を目指してみたいと思います。楽しいだろうなぁ(^^♪
さて、誰のバーターで出してもらおうか…。

今日も最後までお付き合いくださりありがとうございました。

またお越しください!

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