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メイン!ボーカル! #6

皆さん こんばんは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今回も音楽カテゴリーの話題です。今日は「僕のベーシストとしてのコンセプト」と「なぜそのコンセプトか?」について自分なりに分析したことを書いてみたいと思います。みなさんどうぞよろしくお願いします(^^)/

ということで、本日のBGMは昭和歌謡。1曲目は舟木一夫さんで「高校三年生」。そして2曲目は同じく舟木一夫さんで「銭形平次」。それではブログ始めます!

僕のボーカル観

僕は歌もののバンドで演奏するのが好きです。もちろんインストゥルメンタルのバンドも曲も嫌いではありません。好きなバンドもあるし、好きな曲だってあります。でも、やっぱり自分が演奏するならボーカルのいるバンドがいいなと思うのです。それは僕の歌に対するこだわり。いや、憧れと言った方が良いかもしれません。


話は僕の幼児期に遡ります。半世紀以上のタイムスリップにお付き合いください♪

家族の話

僕の両親は九州・熊本の出身です。熊本で出会った二人は、その数年後に結婚。そして、結婚と同時に住み慣れた熊本を離れ、大阪へ移住しました。何度か転居もしたようですが、僕が物心ついた時は大阪市港区民となっていました。

うちは父母と僕に妹を加えた四人家族。当時、流行語にもなった「核家族」です。住居は父が就職した会社の小さな社宅。僕たちは決して広いとは言えないこの社宅に1971年頃まで住んでいました。

当時の日本は高度経済成長期の真っ只中。1964年東京オリンピック。次いで1970年大阪万博。そして、1972年の札幌冬季オリンピック。日本はどんどん国際的なイベントを成功させていました。何というか、決してみんなが裕福であったわけではないのだけど、社会全体が活気にあふれている。まさに昭和!西岸良平さんの漫画を原作とした映画「ALWAYS三丁目の夕日」(山崎貴監督作品)のちょっと後の時代ですね。

僕たちが住んでいた小さな社宅にお風呂はありませんでした。トイレも共同。ですので、お風呂は近くの銭湯に行くのが当たり前。特に不便だとは思っていませんでした。むしろ、近くの友だちの家を誘って回り、一緒に銭湯に行くのはとても楽しかったです。今でいえば、毎日が修学旅行みたいな感じでしょうか。そして、時には家風呂がある友だちまで誘いに行って、その家のお風呂をよばれて帰宅することも…。一体何をしていたのやら?
でも、日本が誇る「銭湯文化」が衰退しつつある今、こんな生活を経験できたことをありがたく思います。

我が家では

こんな風に決して裕福ではなかった我が家ですが、なぜか家にはガットギターがあり、父は時々、窓に足をかけてそのギターを弾いて歌っていました。

また、家にはレコードプレーヤーもあり、たくさんのレコードやソノシートがありました。何のレコードだったか…ほとんどは忘れてしまいましたが、倍賞千恵子さん「さよならはダンスの後に」、三田明さん「美しい十代」などは覚えています。どれも昭和の名曲。少年時代の僕はこのあたりの歌謡曲が大好きで、お風呂屋さんの湯船の中で、ブランコの上で、共同トイレの中で、いつも大声で歌いまくっていたそうです。十八番は美樹克彦さんの「花はおそかった」。バカヤロー!って叫んでいたんやろうなぁ。

実は、そんな歌謡曲のレコードにまじってたくさんの童謡のレコードもありました。幼い僕と妹のために両親が買ってくれたのだと思います。お琴を習っていたことのある母。歌うことが大好きな父。二人が僕と妹の育つ環境に「音楽」を加えてくれたことに今とても感謝をしています。僕の音楽好きはきっとこの頃に培われたのだと思うからです。

楽器との出合い

小学校入学後はカワイ音楽教室でオルガンを習いました。出席するとヒヨコ(?)のスタンプを押してくれるので、サボるとすぐに親にばれてしまいます。でも時々叱られた記憶があるので、きっと遊びに夢中でサボってしまっていたのでしょう。

茨木市に引っ越した小学校4年生から高校1年生まではピアノを習いました。そのほとんどが自宅に先生が来てくれる、いわゆる家庭教師でした。ピアノの音は大好きでしたので、中学校の途中くらいまではがんばってレッスンに取り組んでいました。

でも、中学校入学後にフォークギターを買ってもらってからは、徐々に演奏よりも歌うことに興味が移っていきました。父に似て弾くことよりも歌うことが好きだった僕は、コード(和音)を覚えたことでパワーアップ!ピアノだろうとギターだろうと演奏はジャカジャカのみ!とにかく歌えればいいという感じで弾き語りにのめり込んでいきました。

今ふりかえってみると、僕の歌に対する思いはこの頃には明確になっていたようです。そして、それは、ベーシストとしてボーカリストをどう見るかなど、僕のバンド観形成につながる原体験と言えるのかもしれません。

バンドにおけるボーカル
そしてベーシストとしての思い

もう一度書きます。僕は歌もののバンドで演奏するのが好きです。でも、より正確に言うと、本当は歌を歌いたいのだろうと思います。ただ、長く音楽に関わってきて、自分がボーカルの器ではないことも知っている。だから、歌いたい思いをボーカルに託している。そんなところなんだろうと思います。

僕のベーシストとしてのコンセプトは1つ。『ボーカルが歌いやすいベースを弾く!』それだけです。幸いベースはリズムセクションですが、メロディも奏でられる楽器です。リズムもメロディも表現できるのなら、ベース1本でボーカルのベストパフォーマンスだって引き出せるはず!極論すれば、そんなことを考えているのです。

もう1つ。僕は、自分がリスペクトできるボーカルのバックしかしないと決めています。

今、一緒にやっているかずちゃんはやっぱりすごいボーカルです。本人はシンガーとしても十分通用すると思っているようですが、それはどうかなと思います。でも、バンドのボーカルとしては唯一無二!一緒にやってみれば分かりますが本当に面白い!魅力いっぱいのボーカルです!

今、かずちゃんとトークを絡めながらライブを進行しています。もちろん、曲はかずちゃんのボーカルを聴きながら演奏しています。とても楽しくて「ベースやっててよかったな」と思います。

長々と書いて、うちのかずちゃんを褒めただけになってしまったことをお詫びします。それからもう一つ、誤解のないように書き足しますが、餃子大王のメンバーは(渡ちゃん以外)後輩・年下ばかりですが、みんなリスペクトできるプレイヤーです。
まずは5月3日大阪MUSE!4か月ぶりのライブをお客さん、そしてタートルズと一緒に楽しみます!よろしくお願いします!

バンドでも何でもリスペクトし合うことが大切ですよね。
今日もお付き合いくださりありがとうございました!
暑くなっています。ご自愛ください!
またのお越しをお待ちしています♪

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ロックから受けた影響 #4

みなさん こんにちは!
『餃子大王』ベーシストじゅんちゃんのブログにようこそ!

今回は音楽カテゴリーの第2回目。
前回は「好きなベーシスト」の話を書きましたが、今回はその続編的な感じ。自分の音楽的ルーツが、自分の人生観にどのような影響を与えたのかを考えてみることにしました。
みなさんどうぞお付き合いください(^^)/


ということで、今朝のBGMはこのあと出てくる『FREE』のライブアルバム。何年たっても色褪せることなく、僕のロック魂を揺さぶってくれます!では、スタートします!

『FREE』との出合い

『FREE』はイングランド出身の4人組ハードロックバンド。ブルージーで重厚なサウンドが僕にはたまりません。
ただ、「FREEとの出合い」と書いたものの、実は誰にいつ教えてもらったのか…全く覚えていません。当時、大親友(と若い時は表現しがち)だった同級生ギタリストH井君が教えてくれたのだろうか?

『FREE』の活動期間は1968年から1974年らしい。ということは、僕が初めてランドセルを背負って小学校の門をくぐった頃に活動開始。そして、中学校生活になじみだした頃に解散ということになります。そんな大先輩バンドをロック初心者の高校生ベーシストだった僕が見つけられたとは考えられません。間違いなく誰かの影響で聴き始めたのでしょう。

ロックベーシストとして受けた影響

そんな『FREE』の初代ベーシストはアンディ・フレイザー。今でも最も尊敬するロックベーシストの1人です。「FIRE AND WATER」や「THE HUNTER」での重厚なサウンド。少ない音数でなぜこれほどの表現ができるのか!そして「MR BIG」や「ALL RIGHT NOW」では誰も思いつかないようなベースソロを聴かせてくれます。あぁ書き出すとキリがない!音楽的な専門性が低い僕でも、すべての曲に感想が言えるくらいです。

アンディから学んだこと。それは1つ1つの音に魂を込めてプレイすること。そして、音の長さを意識してプレイすること。
バンド全体の調和のために「音の出始め」が大切なのは当然です。でも、同じように「音の終わり」も重要です。今、自分は8分音符を弾いているのか、それとも4分音符なのか…。本格的にベースを弾き始めた18歳の頃からずっと大切にしているベーシストとしての僕のテーマです。

※アンディ脱退後に加入した2代目ベーシストはテツ山内さん。何と日本人!僕が初めて人前で演奏した『FREE』の曲はテツさんがプレイする「WISHING WELL」。今でも大好きな曲です。テツさんの名誉のために!

受けた影響の大きさ

アンディのプレイは、僕のプレイスタイルに大きな影響を与えました。どんな大曲であっても、すべては1音1音の積み重ね。1つの音を大切にすることなしに曲は成立しないということ。

その考え方は、やがて僕のビジネススタイルやライフスタイルにまで影響を及ぼすことになります。
たとえば教員時代に取り組んだ学級集団づくり。常に、一人ひとりの子どもを大切できているかどうかを振り返るようにしていました。もちろん学習や行事の場面も同じ。すべてが一つひとつの積み重ねです。

僕たちの学生時代は「ロックは不良の音楽だ」という風潮が残っていましたが、僕はロックに、そして、アンディのプレイに出合えたことに感謝をしています。

餃子大王メンバーの音楽的ルーツを探る

まだまだ『FREE』については書かなければならないことがあります。アンディは僕のベーススタイルに大きな影響を与えてくれましたが、音楽全般となると少し話は変わります。
僕の音楽性に大きな影響を与えてくれたのは、むしろポール・ロジャース。『FREE』のVocalist です。ポールについては、また今度書いてみたいと思います。

ということで、今回は最後に「餃子大王の音楽的ルーツを探る」コーナーをお届けします。

Vo&Gかずちゃん
RCサクセションの忌野清志郎先輩。ギターはブルースギターの大御所アルバート・コリンズ先輩。
Dsしげおくん
Led Zeppelinのジョン・ボーナム先輩。
Key&Saxかめおくん
特にプレイヤーなし!珍しい!で、音楽的影響ということで教えてくれたのが筒美京平大先生!
Dance&Shoutあかさん
カズちゃんと同じRCの清志郎先輩。
G北ちゃん
ドラムが本職なので、特にギタリストはなし。音楽性では中島みゆき先輩と長渕剛先輩を挙げてくれたので、ここは長渕先輩に絞っておきます。
そして、Bの僕はアンディ先輩。

ということで、次回餃子大王ライブにお越しの時には、以下のイメージでご覧ください。

Vo 忌野清志郎先輩が歌ってる!
Dance&Shout 何とこちらも清志郎先輩!贅沢!
Gその1 ブルースギターの大御所 アルバート先輩!
Gその2 実はギターが超うまい長渕先輩!
B&Ds リズム隊はブリティッシュハードの王道 アンディ先輩とジョン先輩!重い!重すぎる!
そして、全体のバンドサウンドはKeyの立場から筒美京平先生がアレンジをしてくださる!

今回も最後までお付き合いくださりありがとうございました!

次回もよろしくお願いします♪

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好きなベーシストの話 #3

Facebookの投稿で…

ブログを始めたばかりの僕。「教育系ミュージシャン・学校経営コーディネーター」を名乗っている以上、まずは「教育」中心に…と思っていましたが方針変更!
Facebook上でやりとりをしているうちに他に書きたいことが出てきてしまいました。気ままな方針変更ができることもまた自由で楽しいです♪

で、そのお相手は大阪教育大学軽音楽部の先輩であるYuziBrian絵野先輩。ご自身のFacebookプロフィールを引用すると
「ベーシストでコンポーザー。
 モダンチョキチョキズ,Holy Light, Embrace, Shiny Pink,
 Brainba Sters,Uzukdahl他で活動中」という方です。

YuziBrian絵野先輩です!
モダンチョキチョキズと餃子大王の
対バン実現なるか!!

大学時代から知的で緻密なプレイをされるYuzi先輩。僕にはできないプレイスタイルで、いつも「すごいなあ」と思っていました。何と言っても僕のベースは“Groove命!”。と言えば聞こえがいいですが、当時の主義は「シンプルなフレーズをいかに自分らしく弾くか」の一点のみ!「自分の思いは今ある技術で十分表現できている」などと嘯いて、ちょっと難しそうな技術習得から逃げていたのかもしれません。

こちらはYuzi先輩のソロアルバム
「Holy Light」
詳細は先輩のFacebookで!

大阪教育大学軽音楽部で感じたこと

余談ですが、当時の大教大軽音楽部にはOBの方々も含めて、尊敬できるベーシストがたくさんいました。ブルースベーシストのFした先輩、音質が個性的過ぎて何を弾いているかわからないけど超うまいTしょう先輩、ファンクベースと言えばKさい先輩、パワフルでグルービーなMちゃ先輩、そしてYuziBrian絵野先輩。大教大ではなかったのかもしれませんが、歌うベースが恰好良かったFたろう先輩もいらっしゃいました。そして、後輩ベーシストにも素敵なベーシストいっぱい。Inspireの故Fおか君はすごかった!そして、今も様々な活動を展開しているKぐち君。他にも個性的で素敵なプレイヤーがいっぱい!「大教大軽音はベースのレベル高いなあ」といつも思っていました。
※すみません。他のパートもすごかったのかもしれません。
※今の軽音もすごいのかも?ごめんなさい。知らないのです。
※同期を書き忘れ!ファンキーベースのI本君もうまかった!
(4月18日追記です)

ロックとの出合い~ベーシストへ

ロックとの出合いは高校2年の初夏。仲良しだったM君が僕に言った言葉。「ディープパープル知らんの?ツェッペリンも?それはあかん!」と「マシンヘッド」と「Ⅳ」を聴かせてくれたのが始まりです。

そして、ベーシストとなったのも同じ頃。別のM君から「俺ギター買ってん。潤次(と彼は呼ぶ)ベース買わへん?」と言われたことがきっかけ。

となれば当然、R・グローバーやJ・P・ジョーンズがやりたくなるのですが、素人に簡単に弾けるHighway Starではありませんでした!いろいろアルバムを聴いた結果、パープルはSpeed Kingのベースのコピーからスタート。で、ツェッペリンは…というと、何を思ったか「天国への階段(ライブ版)」のボーカルのコピーをしていたことを記憶しています。

Eagles ランディ・マイズナー

そんな感じで徐々に音楽の幅を広げていた頃に出合ったのがEagles。ブリティッシュ・ハードともアメリカン・ハードとも違う70年代のウエストコーストサウンド。一瞬でそのおしゃれで洗練されたサウンドの虜になってしまいました。そして、同時にR・マイズナーは僕の尊敬するベーシストの一人になりました。

その後、多くのEaglesナンバーをコピーしましたが、最も影響を受けた曲はやっぱり「呪われた夜」と「Hotel California」。どちらも難しい技術は全く必要なし。とりあえず弾けた気にさせてくれます。ただ、シンプルなフレーズの繰り返しなのでランディのような表現はできませんでした。

「高い技術を必要とするプレイはかっこいい!でも、シンプルなフレーズを豊かに表現するのはもっとかっこいい!」と、ベース初心者の僕は思ったのでした。そして、そこからは「ルート一発の8ビートをどう弾くか?」とか「音数を減らして表現するには?」にはまっていきました。

※でも、結局うまくいかないと、フレーズに頼ったり音数増やしたり…。やっぱり練習したくなかっただけかな?

実際に、餃子大王では「Hotel California」に出てくる「ルート・5度・オクターブ」を使ったフレーズを多用しています。
ちなみに「油ギッシュ」では「Hotel California」をまるまる真似したギターフレーズも登場します!

最近サブスクでも餃子大王の曲を聴けるようになりました。皆さま、ぜひ一度聴いてそのフレーズを探してみてください。よろしくお願いします!
最後までお付き合いくださりありがとうございました!



学生時代に影響を受けたベーシストはまだまだいます。たとえば、A・フレイザー、D・D・ダン、W・ウイークス、川上茂幸さん、藤井裕さん…。
また書きます!
お付き合いください!